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贅沢な孤独 1

※ 需要を無視した、コンビニエンスなパラレルコネタ


困ったことに、あたしは目下『恋』をしている。
所謂、片思い。
それも恐ろしく不毛な…。
だから、困る。
最初はこれっぽっちも意識なんてしてなかったんだけど。
言葉使いとか仕草とか若いのに礼儀正しいわねえ、この子…って、毎晩遅くまで頑張ってんのねえって思って毎日顔を合わせてる内に、いつの間にか気にかけていて、いつの間にか『目的』があの子に会うことにすり替わっていて、いつの間にか…好きになっていた。
それまでのあたしの目的って云ったら、例えばジュースだったり雑誌だったり、切らしてしまった化粧水だったり、或いは公共料金の支払いだったりだったんだけど、それらは全て、今となっては余り意味を持たなくなってしまった。
だから今日もあたしは会社からアパートに帰る道すがら、逸る心を抑えてあの子が働く『コンビニ』を目指す。




あたしが目指す『ローソン空座町店』は、最寄り駅から歩いて五分くらいのところにある。
本当はもう少し先に行ったところにあるセブンの方が好きなんだけど(アパートからも近いし、品揃えだって…ねえ?)、それでもここ2ヶ月ほどはこっちのローソンに入り浸りだったおかげで、今やすっかりこの店の『常連客』の一人となっていた。
自動ドアが開いて軽快なチャイムが店内に鳴り響く。と同時に、お決まりのように店員2人の声が輪唱した。
「いらっしゃいませ、こんばんは」と。
姿は見えない。
けれど、確かに『声』はした。
接客業だと云うのに余り愛想の感じられない声。
だけど、ただそれだけで…心臓が跳ねた。
「ああ、乱菊さん。こんばんはー」
カウンターの中で煙草の品出しをしていたオレンジ頭の男の子(名前は確か、黒崎くん…だっけ?)は、あたしに気付くと満面の笑みを浮かべて頭を下げた。
…良かった。
あたしはホッと胸を撫で下ろす。
バカみたいだけど、女の子と一緒のシフトに入っていると思うと、やっぱり…ちょっと妬けてしまう。
(てゆーか、実はすっごく妬ける)
馬鹿みたいだわ、本当に。
毎日と言って良いほどここに通っているあたしはこの時間シフトに入っている子達からすれば、充分な『顔馴染み』で…だから大抵の子はあたしを見かけると、こうやって改めて声をかけ直してくれるのだ。
それがちょっとだけこそばゆい。
ああでも、礼儀正しい子は好きよ。
例えそれが営業用のスマイルだとしても…。
だからあたしもにっこり笑って「こんばんは」と挨拶を返す。


「それにしても。相変わらず暇そうな店ねえ」
店内にはあたしを含めても2、3人しかお客が居なかった。
耳聡く聞きつけた黒崎少年は、煙草の補充の手を止め苦い笑いを頬に浮かべると。
「これでもさっきまでは結構忙しかったんスよ」
と、弁明を口にした。
まあ、確かに夕飯時も過ぎたしね。それに今日は平日だしね。
夕方のピークも過ぎて、ちょうど一息ついたところなんだろう。
まあ、そうでなけりゃこんな風にのんびり世間話も出来ないしね。
てゆーか、ぶっちゃけあたしもそうゆう時間帯を狙って来てるんだけど…。
と、その時だった。



「ああ、松本サン?」

唐突に背後から声をかけられて、一際大きくドキンと跳ねたあたしの心臓。
思わず緩んでしまう口元を堪えて、殊更ゆっくり振り返る。
そこに居たのは、翡翠の瞳に銀色の髪をした、恐ろしく容姿の整った小柄な少年。
この子こそが目下あたしが絶賛片思い中の少年…『日番谷とうしろう』くんだった。
コンビニの制服なんて誰が着たってダサくて野暮ったいだけなのに、彼が着てるとどうしてかカッコ良く見えてしまうのだから、恋は偉大だ。
「こんばんは、とうしろうくん」
名前を呼ぶだけで緊張で思わず声が震えそうになってるなんてこと、きっとこの子は気づいてないんだろうな。
何しろこんな風に気安く名前を呼べるようになったのだって、つい先週のことなのだ。
名字は制服の胸元にあるプレートで早々に知った。
(尤も『ひつがや』なんて相当に珍しい苗字だから、どんな字を書くのかすらも最初は全然わからなかったんだけど、通い詰めている内にちょっとずつ気心が知れて軽い世間話が出来るようになった頃、「名前…どんな字書くの?」と、やっと聞くことが出来たのだ)
下の名前はこのオレンジ頭の黒崎少年がおっきな声で「とーしろー、とーしろー」って呼んでいたからすぐにわかったんだけど、残念ながらどんな字を書くのかまではまだ知らない。
(苗字はまだしも、さすがに下の字までは…聞けないわよねえ?)
その日番谷少年は、どうやらお菓子の補充をしていたらしい。
手を休めてまでわざわざ挨拶に来てくれるなんて、やっぱりいい子だなあ、この子。
しみじみ浸っていると、手にしたラベラーをレジへと置いた日番谷少年が「今日火曜なんで新しいデザート入ってますけど、見ます?」と言って、にんまり笑ってあたしの顔を覗き込んだ。

「そろそろ来る頃だと思ってさっき並べといたんスよ、いちごプリン」
「あ、本当?!うわ、嬉しいなあ」
「他にも幾つか美味そうな新商品入ってますけど、見ます?」
「あ、嘘!見たい見たい!」

年甲斐もなくはしゃぐあたしに向かって彼は、こっちこっちとばかりにあたしを手招いた。
「じゃあ、ちょっと新商品の物色させて貰うわねー」
「へーい、毎度」
そんなあたし達のやり取りを、レジで苦笑混じりに見ていた黒崎少年に向けて高らかに宣言してから、日番谷少年の後を追うようにいそいそとデザートコーナー目指して駆けてゆく。


*
*

「うわあ、おいしそう!」
「これは結構美味かった。これは、なんつーかちょっとくど過ぎ。…松本サンはあんまり好きじゃねえかも」
「えー!でもこれ、見た目すっごくおいしそうじゃない?」
「あー…、俺もそう思って食ってみて騙されたクチ」
「それって、パッケージに騙された・ってヤツ?」
「うわ、酷でえな松本サン!」

デザートコーナーに2人、仲良く並んで座り込んで。
上から下まで品定めしながら、あーでもないこーでもないと新商品を品評するのが、毎週火曜のあたし達の日課となっている。
男の子の癖に甘いスイーツが滅法好きらしいとーしろーくんは、あたしが店を訪れる前に既にアレコレ試食をしているらしく、その結果をこうして逐一あたしに教えてくれるのだ。
(でもこれって当然実費で買ってるのよねえ?)
決して安いとは言えないコンビニのデザート。
しかも毎週何品かの新商品が出てると云うのに、あたしが来る前にそれ全部ひと通り食べてるって云うんだから驚きよ。
むしろそれってバイトしてる意味なくない?と思わないでもないんだけど、新商品って見るとすぐに試したくなるって言うから可愛いじゃない?
そうしてそんなスイーツ好きの日番谷少年のお見立てで、今日もあたしは新商品の内の幾つかを手にしたカゴの中へと入れる。
それからレジへと戻ってゆく日番谷少年の背中を見送って、あたしはあたしで今度は飲料コーナーへと足を向けた。
そうして思わず漏れる溜息。
(ああ、また今日もこんなに買ってシマッタ…)
そりゃあ、デザートの類は好きだけど。
決して嫌いなんかじゃないけれど。
それでも毎週毎週こんなに買い求めるようになったのは、やっぱりあの子の存在あってのとこで。
なんだろう…。
もしかしたら、単に『いいカモ』だと思われているだけなのかもしれないけれど、こうして特別みたいに声を掛けてもらえるのはやっぱりすっごく嬉しくて…ついつい買い込んでしまうのよねえ。
あー、あたしってホント馬鹿。
嘆息混じりにビールを一本手に取って、それから暫くブラブラと店内を物色してから漸くレジへと向かう。
(勿論、日番谷少年の居るレジへと並ぶ)
そうしてレジを打って貰いながら、他愛ないおしゃべりを少しだけして。
お代を払って、お釣りを貰って…それから細かいお釣りを募金箱の中へとチャリンと落として。
「ありがとうございましたー」
…それで、おしまい。
新商品のデザートと缶ビールを買って、今日もあたしはコンビニを後にした。





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