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13.


「日番谷、明日はどうする?ウチに来る?」
休憩がてらに足を運んだ自販機の前で、ポンと肩を叩かれ振り向いた先。
財布片手に笑う女を目の当たりにして、顰めた眉。
「つーか、社内でその手の話題を振るなよ、あんたは」
「だーいじょうぶよ、周りに人が居ないのはちゃんと確認済みだから」
あんたも大概心配性よねえ、と。
からかうように笑って伸ばした指。
「…あ、てめっ!」
女の意図するところに気付いた時には、制する間もなくボタンは押された後で。
ピッ!と音を立てるが早いか、紅茶花伝がゴトンと音を立て落下してくる。
「んっふっふー。ごちそうさま!」
いやいや、「ごちそうさま」じゃねえだろ。
誰が奢るっつッたよ、と。
これ見よがしに文句を言いつつ、それでもそれ以上腹を立てる気にはならない。
むしろ諦めが勝ってしまう理由は、そう云う女と知って久しくもあるからだ。
俺より三つ年上。
同じ職場の先輩兼、新入社員でもある俺の教育係で、今は仕事上のパートナーでもある松本は。
見た目は妖艶。スタイルは完璧。
人当たりも良く、仕事も出来る(実際俺の入社以前は彼女も営業として外回りを担当していて、当時新人としてはそれなりの成績を誇ってもいたらしいのだが、何しろあの容姿である。取引先始め、行く先々で酷いセクハラ・パワハラを受けることが多かった為、今は新人営業である俺の補佐役として内勤に徹しているとのことだった)、正に非の打ちどころのない女。
但し、性格は少々難有り。
酒豪で豪胆、大雑把。
…あと、色んな意味でゆるい。
(普段滅多なことじゃ酔わないらしいが、酔うと非常に貞操観念がゆるくなるのを、身を以って実感したこの俺が言うのだから間違いない)
――とにもかくにも俺の周りでは、これまでにないタイプの女ではあった。
「で、どーすんの?」
ペットボトルのキャップを開けて、ひと口紅茶を飲み干しながら俺に問う。
もう一度自販機に金を入れ、今度こそ無糖コーヒーのボタンを押した俺は、取り出し口に手を突っ込みながら「あー…明日は、ワリ。ちょっと大学ン時のツレと飲んでくるから」と。
若干の後ろめたさを隠しつつ、さり気なさを装う。
目を合わせないまま、プルタブに手をかける。
「ふーん、そっか。それじゃあまあ、ちょうど良かったかも」
てっきり落胆のひとつも飛び出すものと思いきや、予想に反して女が「都合が良い」と口にしたことに訝れば。
事もあろうに日中堂々「うん。実は昨日から生理が来ちゃったのよねえ」などとのたまうものだから、ギョッと慄かなかった筈もない。
(つーか、やっぱゆる過ぎだろ、この女!)
「って…てっめ、日中会社で言うことじゃねえだろ!!」
「えー、だから他に誰も居ないって」
さっきから言ってんじゃないと、あっけらかんと笑う女に最早返す言葉もない。
「そーゆーわけで、悪いけど後一週間は無理だから」
週末はどうぞごゆっくり、と。
厭味かと紛う程にはにこやかに告げられ、増す不快感。
そのまま立ち去ろうとする女の腕を捕らえてギロリとねめつける。
「明日は確かに夜飲みに行くが、土日は別に用事もねえから、いつも通り会いに行く!」
苛立ち半ば、そう口にすれば。
きょとんと瞬く空色の瞳。
そんな『思いがけないことを言われた』と云った表情も、今は酷く癇に障る。









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あきゅろす。
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