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7.


信じていた男に裏切られたと思って悲嘆する中、「身請けしたい」と云う目の前の男の差し出すその手を取った。
年季が明けて、晴れて自由になるその前に、苦界から抜け出すことを選んだのだった。
そうして何も知らないままに落籍されて。
女郎上がりだと云うのに、廻船問屋の若旦那だったあのひとの唯一の『妻』となった。
妻として初めて抱かれたその夜に、初めて記憶が蘇った。
――ああ、またこの男の元へと帰って来たのだ、と。
奇妙な感慨を憶えたのだった。
「花魁のお前を落籍するのに大枚はたいたことと、他の男に思う存分抱かせたあの屈辱を思えば、今は酷く気分がいい」
そう言って。
今生、初めて知ることとなった破瓜の痛みに歪むあたしの顔を見下ろして。
満ち足りたように細めた瞳。
…こんな年上の女が奥さんでいいの?
なんて愚問を、今更口にするまでもない。
他の誰にもくれてやるものか。
他の男に渡すか、と。
その腕で。
言葉で。
くちびるで。
真綿のように締め付けてゆく。…ゆっくりと。


「だからお前と兄貴の結婚が本決まりになったと知った時、唆したんだよ。この家を棄てて惚れた女を選べ、って。長男として生まれたとは云え、兄貴は元々事業をやるには不向きな性格だったし、本人もそれを理解していた。気付いていた。況してや家の為の政略結婚なんてとんでもねえっつーロマンティストだったからな。俺の口車に乗って、あっさりこの家とお前を棄てやがった。…まあ、俺とすれば万々歳でしかねえけどな」


そう言って。
せまい長椅子の上へとあたしを組み敷く小さな手のひら。
…そういえば。
(こんな年の離れた幼い姿で身体を繋げるって初めてのことじゃなかったかしら?)
そう思ってこみ上げる苦笑。
くちづけられるたび、触れられるたびに。
少しずつ色鮮やかに取り戻されてゆく記憶のカケラ。
(結局この邂逅を待ち侘びていたのは、あたしも同じと云うことか…)










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あきゅろす。
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