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2.


「どうかしたか?」

不意に耳元近くで呼びかけられて、我に返る。
薄い眼鏡のレンズ越し、翡翠の瞳があたしを射抜く。
既に手にした本は閉じられていて。
「もう、終わり?」
呆れたように問うたあたしに「糞面白くもねえし」と随分なことを言ってのけた冬獅郎は、目を伏せスッと眼鏡を外すとベッド脇の窓枠に置いた。
それから軽く目頭を揉む。
「それ。オッサンみたいよ、アンタ」
「うるせえよ」
くつくつと笑う仕種に、思わずドキンと鼓動が跳ねる。
(なによう、まだまだお子ちゃまの癖に。一端の男みたいな顔しちゃって)
口にした揶揄とは裏腹に、一人勝手に駆け出す鼓動。
誤魔化すかのように更にあたしは言葉を紡ぐ。

「度、また少し進んだんじゃない?」
「かもしれねえ」
「いっそコンタクトにでもしちゃえば?」
「さすがにそこまで悪くなってねえし」
「…でも、」
「でも、何?」

畳み掛けるように問われて思わず口ごもる。
(言えるわけない)
本当は。
眼鏡を外すときの仕種、とか。
指先で目頭を摘んで揉む仕種、とか。
密かにカッコいいと思っているからよ、なんて。
照れ臭くって言えるわけがないじゃない。
そういう何気ない所作のひとつひとつまで、バカみたいにドキドキしちゃって心臓に悪いからよ、なんて。
そんなアンタの仕種ひとつにしたって他の子には見られたくないからよ、なんて。
バカ正直に言えるわけがないじゃない。
ああ、だけど。
「ほんっと素直じゃねえなあ」
あたしを見上げてニンマリ笑っているこの子には、上辺だけ取り繕ったように隠したところで、どうせまるっとお見通しなんだろうけれど。

「う…うるっさい!」
「けど、まあ。そーゆー素直じゃねえとこも充分可愛いけどな」

満面に笑みを浮かべたまま、緩やかに肩に廻された腕。
あ、っと思う間もなくその胸元に抱き寄せられて、コロリとベッドの上へと組み伏せられる。
すっかり手馴れてしまったこの子ときたら、今やあたしの扱いすらもお手のもの。
制しようとしたあたしの両腕を捕えて圧し掛かる。
細いくせに力強い腕。
ここ二年ほどですっかり馴染んでしまった心地良い重み。
手馴れた順序にうっかり流されてしまいそうなのもいつものことだ。
それから。

「…アンタねえ、テスト前にこんなことしてる場合?」
「余裕だっつッたろ」

一度として聞き入れられたことのない、この不毛な嗜めさえも…。
例え咎めたところで聞く耳を持たない子供は、カリリとあたしの耳たぶを食み、ぞろりと伸ばした腕は捕食を始める。
ごく、ゆっくりと。
味わうように。
コトが始まってしまえばあたしにはもう…抗う余地などないのだと、生意気なコドモは既に学習しきっていた。



*
*

ひとつ屋根の下、親には内緒で共にするベッド。
…今、思えば。
恐らくそれが、尚のことあたしと冬獅郎とを狂わせた。
例え弟であったとしても、血は繋がらないのだから流されることを良しとするか。
例え血は繋がらずとも、弟である以上思い留まるか。
否。
そのどちらを選んだとしても、いずれはあの子を傷つけ裏切ることになるとわかっていたのに…。

「背、伸びたんじゃない?また少し」
「かもしれねえ」

恍惚とあたしの肌に跡を残す子供の顔を見上げながら、ふと問うた。
ああ、腕も…また少し逞しくなっている。
「お前は…また少し、痩せたみてえだな」
胸が少し萎んでるぞ・と。
からかうように、胸の頂きを弄ぶ手のひら。
日に焼けた褐色のその指先に、魅入られたようにコクリと喉が鳴る。

「仕事、忙しいのか?」
「まあ、それなりには…」
「これ以上痩せるなよ。抱き心地が悪くなる」
「…ヤなこと言うわねえ、アンタ」

ぶうと剥れたあたしにくつりと笑いかけると、もう一度。冬獅郎はあたしの首筋にチリと歯を立て跡を残した。
覆い被さるあの子の背中に両腕を廻して抱き締めたなら、和らいだ翡翠がふと近付いて。
「好きだ」
と。あまい睦言を紡ぐ。
徐に重ねられた薄いくちびる。
全身を襲う悦楽の波。
あたしは再び目を閉じて、交わすくちづけに意識を委ねた。





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あきゅろす。
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