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9.


ちょ…待ってこれって、恋人繋ぎ!?
噂の恋人繋ぎってヤツですかああ!
驚きと衝撃の余り、思わず涙も引っ込んだわよ。
代わりに、すぽぽぽーん!と顔が紅潮したのは言うまでもない。
あうあうとうろたえてしまったのは、こんな恋人繋ぎなんてもの、嘗て経験がないからである。
(うん、だって元カレってばあーゆーヤツだったしね!)
そーゆー甘ったるい恋人同士のあれこれとか、そう云えば(一応)付き合ってる間皆無だったなあと思ってまた軽く凹む。
ちくりと胸に刺さる棘。
けれど感傷に浸る間もなく、そろりと頬へと伸ばされた指。
「こんなところで何泣いてんだよ、先輩」
豪く甘ったるい声での問い掛けと共に、日番谷にズイと顔を覗き込まれてギョッと大きく瞠る瞳。
(っに゛ゃああああああ!!)
ちか…近い近い、めちゃくちゃ近いって、日番谷あんた!!
むしろこの場で叫び出さなかったことを褒めて貰いたいぐらいである。
てゆーか、片手恋人繋ぎのまんま、もう片方の手をあたしの頬に添えて顔覗き込むとか、無駄に身体寄せてくるとか、これってどこのバカップル?!
とどめのように、頬へと添えた指先で、滲む涙をそっと拭われて。…ぷすぷすドカン!
うう…思考回路は最早ショート寸前ですよ!キャパオーバーもいいとこですよ!!
そんなあたしと日番谷は、傍目にも余程目に付く存在だったんだろうか。
たまたま通りかかったと思しき担任に、「うおーい、お前ら仲いいのはいいが、ちったあ人目を気にしろよ」って。
苦々しくも注意をされるに至って、漸く我に返る始末だ。
うわあああ、気付けばなんか見られてるし!
予想外にギャラリー集めてたしっ!
(のおおおおお!!)
「あー、無理ッスよ。そこのふたりの仲の良さは、剣道部(うち)でも折り紙付きなんで」
…って、一護おおおお!!
暢気に横からいらん野次を飛ばすんじゃない!
無駄に誤解招くような茶々を入れるんじゃない!
てゆーかあんた、ぜったい面白がってんでしょ!顔、めちゃくちゃ笑ってんじゃないのよ、ちょっとお!
うがあ!と怒鳴り散らそうとして、ぐいと引かれる。繋いだ腕を。
「…へ?」
「じゃあまあ、場所変えていちゃつきますか?」
いやいや、いちゃつきますかって…あんたも何言っちゃってんのよ、日番谷あっ!
唖然呆然のあたしの手を引いて、その場から立ち去ろうとする日番谷に当然戸惑いはしたのだけれど。
「――あんた、これ以上ここに居たくねえんだろ?」
あの男の顔見てたくねえんだろ、と。
嘆息混じりにそっと耳打ちされて息を呑む。
弾かれたように視線を走らせた先には、苦々しげにこっちをねめつける元カレがいて。
あたしは漸く日番谷が、あたしなんぞの為にひと芝居打ってくれているのだと気が付いたのだ。
でもそれがこんなバカップル芝居なのって多分、あたしとあの男の関係に、薄っすら気が付いたからなんだろうな。
(まあまあ、ね。顔見てうっかり泣き出しちゃったし?)
更には向こうも向こうで女連れで、しかもあたしの顔見て「チッ!」って顔したし。
あからさまに迷惑…って顔だったし?
あー、昔色恋沙汰で何かモメた相手なんだろうな…って、そりゃあ察しも付くわよねえ。
てゆーか、あれじゃああたしが振られたのだってバレバレよねえ。
うわ、あたしめちゃめちゃカッコ悪!
だけど。日番谷には、ほんっと申し訳ないんだけれど。
ここはひとつ、日番谷の打ってくれた猿芝居に甘えさせて貰っちゃおう。
なーんか誤解してるみたいだけど、あたし、あんたみたいな男に今以って執着してるとか全然ないから!
てゆーか今は日番谷ラブ!日番谷ひと筋ですから。
あんたみたいな男なんて、眼中にだってありませんから!
勝手につまんない勘違いして、あたしのこと睨んでくるとか自意識過剰もいいとこだから!
自惚れるのも大概にしろ!!
そんな気持ちをめいっぱい篭めて、フン!と勢い良く鼻を鳴らして。
少しばかり面喰った様子の元カレに向けてひと睨みをくれる。
それからとびっきりの笑顔で改めて、日番谷の方に向き直る。
「ありがと、日番谷!…だーい好きっ!」
嘘じゃないんだよ。ほんとだよ!
これっぽっちの偽りもない、心からのだいすきを口にして。
繋いだ手のひらをぶんと大きく振り上げたなら、ゆうるり弧を描く日番谷のくちびる。
「そりゃ、ドーモ」
そう言って笑う顔がカッコ可愛くて胸キュンだよう!
「っだああああ!鬱陶しいから向こうでやれよ、お前ら!」
遮るように怒声を上げた担任の声に、ふたり揃って顔を見合わせて。
あははと笑って、手を繋いだまま廊下を後にする――その、去り際。
あたしの元カレの傍らを通り過ぎる際日番谷が、嘲笑にも似た酷薄な笑みをくちびるに浮かべ、侮蔑いっぱいに「…つまんねえ早とちりしてんじゃねえよ、バーカ!」と。
殊更小さな声で、嘲るように口にしたことを、あたしはちゃあんと知っている。









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あきゅろす。
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