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百億の夜とクレオパトラの孤独 2



お見合いの日。
待ち合わせたホテルのロビーで「…で。一体どんな人なんですか?」って、何にも相手のことを知らされずにいたあたしが訊ねたら。
あのひとは、しれっと「俺だ」と答えたのだった。
無論、驚いたわよ。
なのにあのひとは、「実は入社の時からお前に目え付けてた」って、いけしゃあしゃあとのたまったからまた驚いた。
あたしより三つも年下で恐ろしく有能で仕事が出来て、社内でも類を見ない異例の早さで部長にまで抜擢された日番谷冬獅郎ともあろうひとが…あたしのことを?
「でも、部長。そんな素振りぜーんぜん見せなかったじゃないですかあ」
戸惑うあたしに苦笑を浮かべたあのひとは。
「お前に付き合ってる男が居るってのは知ってたからな」と、苦々しげに口にした。
「まあ、暫くは大人しく様子見でもしてるかと思ってたんだが…まさかこうも都合よく別れてくれるたあ思わなかった」
常とは違う、ギラギラと光る翡翠の双眸に射抜かれて、あたしはこくりと息を呑む。
「付き合ってた男と別れて、別の男捜してるっつーんならちょうどいい」
強張るあたしの手を取って。
「俺と付き合わねえか?」と。
熱の篭った目をしてあのひとは言った。



…でもね、部長。
あたしまだ、彼と別れたわけじゃあないんですよ。
あのひとのこと、ちゃんと忘れたわけでもないんですよ。
だって、6年よ?
(そんな簡単に忘れられる筈もないでしょう?)
そう、思いはしたけれど。
結局あたしは頷いていた。
付き合うことを了承していた。
触れられたその指先を、ぎゅうっと握り返したのだった。

…だって、ひとりは 寂しかったから。

そんなあたしの醜い心内を見抜いていたのか、このひとは。
それでも酷く満足げな顔をして。
やさしくあたしを抱き締めた。
会社では決して見せることのない顔で。
上司と云う名の仮面を剥いだ、『男』の顔で。




そうして流されるままに日番谷との交際を始めたあたしだったけど、『縁』とは実に不思議なもので、6年も付き合いそれでも結婚に至らなかった彼氏とは違い、このひととの交際は恐いくらいにトントン拍子に事が進んだ。
何しろ付き合うことを承諾してからほんの2ヶ月も経たない内に、「結婚しねえ?」と唐突に求婚されたのだから。
正直…まだ、そんなつもりは微塵もなかったと云うのに…。


「てゆーか、さすがに展開早すぎません?」
吃驚しすぎて暫し二の句が継げずに居たあたしは、辛うじて冷静を装いながらも言外に『些か時期尚早じゃあないかしら?』との意味合いを込めて問い掛けた。
しかもプロポーズがラブホのベッドの上で、挙句紫煙を燻らせながら…って、何?!ムードも色気もあったもんじゃない!
絶句するあたしを横目にちらりと一瞥して。
「別に早かあねえだろ。お前はともかく、俺ァ少なくとも2年近く色んなこと我慢してきたんだからな。むしろ遅せえぐらいだっつーの」
ぞんざいに言い放ったあのひとは、ジーパンのポケットから剥き出しの指輪をころんと取り出すと、あたしの左手薬指に強引にそれを填め込んだ。

「やっ…ちょ、これって…?!」
「おー。世間一般で云うところの婚約指輪な」

填められたそれをホテルの薄暗い照明に翳してあたしは言葉を失った。
剥き出しでポケットなんかに突っ込んでたから、てっきり安物か玩具なのかと思っていたのに。冗談なんだと思ってたのに…。
(冗談…なんかじゃないんだ)
あたしの左手薬指に収まって、眩しいくらいにキラキラと光るダイヤモンド。
決して小さいとは云えない石に、酷く重みを感じて尚あたしは戸惑った。
まるで小さな枷のようにも見えるその指輪に、嬉しさよりも不安が先立つ。
そして今になって思い知る。
この男のあたしへの強い『執着』を。
『結婚』と云う人生の岐路に、今…あたしは直面しているのだと。


呆然と指輪を眺める視界の片隅で、灰皿にぎゅと押し付けられた煙草の吸殻。
煙草の匂いの染み付いた、筋張った指先…その、腕が。
あたしを絡め取り腕の中へと閉じ込める。
体勢を崩し、そのまま2人抱き合ったまま横たわったベッドの上。
ちかちかと青く瞬く眼差しの先で、圧し掛かる日番谷の口元が「く」と歪む。
「言っとくが、俺ァお前の口から『イエス』以外の答えを聞く気はねえぞ」
「…それって最早、求婚ですらなくないですかあ?」
「雰囲気だけ味わっとけ」
一方的に言い置いて、折り重なった身体が更に互いの距離を縮める。
灯りの絞られた間接照明。
薄暗い室内の中、ぴちゃりと響く あまい みずおと。
甘く…時に焦らすように日番谷に口腔を犯されながら、霞む理性の淵であたしは悟った。

もう…後戻りは出来ないのだ、と。





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