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3.


恐らく賭場で嵌められたのだろうその兄とやらも災難には違いないが、元はと言えば身から出た錆。
同情の余地はないが、この女に関しては話は別だ。
あんな色狂いのジジイに目を付けられてしまったが為に、いらぬ借金まで背負わされて、否応なしに囲われる。実の兄に売り飛ばされる。
無論、逃げ出すことも叶わぬままに手折られるより他無かった女の心情を思えば、憐みを抱かなかった筈も無い。
「…すまなかった!」
慌てて詫びる俺に目を丸くして、「えっ…ちょ、やだ。何で若旦那が謝ることがあるのよう!」と、戸惑いを浮かべる。
平身低頭詫びる俺をとどめるように、慌てた様子で俺の肩へと手を掛ける。
「だいたい迷惑掛けてんのってあたしの方でしょ?だからあたしのところへ来たのよね。肩代りしてくれた兄さんの借金も、この家も、あたしが受け取るお手当だって。その…元はと云えばあんたのお見世のお金だったんでしょ?」
だから、ごめん…と。
力無く肩を落とした女のどこか途方に暮れた顔。
「…あたし、どうしたらいいんだろう」
頼りなくも零れ落ちたその声に、尚のこと罪悪感が押し寄せなかった筈もない。
祖父の策略で負った借金の片に祖父へと売られた女に、勝手にここを出て行く権利はない。
だが、このまま祖父の言いなりに囲われ続けるのでは、余りにも女が憐れ過ぎる。
それに元はと云えばその金も、見世の金であり祖母に知れればただでは済まない。
祖父は勿論のこと、――当然のこと、この女までも…。
「なあ。時にあんた、行くあてはあるのか?」
問うた俺に女は、きょとんとひとつ瞬きをすると、「あるわけないでしょ、そんなもん」と、予想通りの言葉を口にした。
「親はいないし頼れるような身内もいない、てゆーか居たら最初から身売りなんてしてないっつの。おまけに、それまで住み込みで働いていた見世も辞めさせられて、今のあたしには借金以外なーんにも残ってないわ」
自暴自棄とも呼べぬ、けれど憂いを帯びたその横顔に、ハッと一瞬目を奪われる。
――それほどまでに人目を惹く、美しい女であったのだ。
なるほど、これでは祖父が執着したのも頷ける。
抜けるような白い肌。
長い睫毛と、ふくよかなくちびる。
否応にも目を惹く美しいかんばせと、寛げた襟から覗く大ぶりの乳房。
『女』としては文句なしに上等であるその女に、俺までもが意図せず目を…心を奪われなかった、とは言わない。
況してやほんの僅かであっても、劣情を抱かなかったなど。
だから疾しさゆえに、すぐにも逃げるように視線を逸らした。目を伏せていた。
「い…いずれにしろ、このままあんたをここに置いておくわけにはいかない。これ以上見世の金に手を付けるのはご法度だし、そもそも見世のモンが気付いた以上、金の管理はこれまで以上に厳しくなるだろうから、これまでのようにじいさまの好きには出来なくなる筈だ。金がなけりゃああんたを囲うことも出来ねえだろうし、俺からもそれとなく釘を刺すつもりだ。…だから、」
だからと言い掛けて、口を噤む。
――だからあんたがこれ以上、じいさまに囲われる『理由』はなくなった。
すぐにでもここを出て行ってくれて構わないと、この憐れな女に言ってやりたいのは山々だったが、…だが、しかし。
祖父の用立てた借金までをもチャラにしてやることは、さすがに出来ない。
それが例え祖父の策に嵌ったがゆえに背負うこととなった曰くつきの借金と言えども、見世から持ち出した金は四十両を越す。
借りた金は返してもらわねば道理が通らない。
況してや事情を知る番頭が、到底納得しないだろう。
だが今ここで「借金を返済した上で出て行ってくれ」とこの女に告げるのは、余りにも酷と云うものだ。









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