[携帯モード] [URL送信]
2.


「なら、何故さっさと出て行かねえ。あんたぐらいの器量良しなら、他に幾らでも男はいるだろう」
相対する女は――身なりはともかく目鼻立ちは驚くほどに整っていて、柳眉を逆立てて尚、えも言われぬ女の色香を醸し出している。
吉原の大籬辺りでも充分お職を張れるであろうその美貌に、祖父の目が眩んだことは言わずと知れて顰めた眉。
それに女が小バカにしたように、フン!と鼻をひとつ鳴らして啖呵を切った。
曰く、出て行きたくとも出ては行けないのだ、と。
聞けば女は、自分は借金の片に売られたのだから、買った男の言いなりになるより他は無いのだと言う。
好きであんな男の妾なんぞになったわけじゃないと豪語した女は、婀娜な見かけに反して一本芯の通った女に見えた。
(いや、だがちょっと待て)
借金の片…ってのはどう云うこった?
何がどうしてあの祖父に、売られたと云うのだこの女は。
まるでわけもわからず戸惑う俺に、少しだけ頑なな態度を緩めたその女は、「…まあ、上がれば?」と今更のように俺を部屋へと招き入れ、慣れた手つきで茶を淹れた。
「で?あんた、あの男の孫…なんだっけ?」
「ああ。今はじいさまに代わって見世を切り盛りしてる」
「ふーん。凄いのね、まだ若いのに」
「早くに親父も母さんも身罷ってるからな。仕方なく・だ」
――そう。実際見世のあれこれを取り仕切っているのはばあさまと、ばあさまの育てた番頭のふたりであって、俺などただの飾りにも等しい。
まだまだ修行中の身であって、凄いなどと言われる謂われは無い。
そんな自虐を然して気に留めた素振りも無く、「ふうん」と軽く流した女は、「あたしはね、浅草寺近くの料理茶屋で仲居として働いてたの」と自身の身の上を切り出した。
名前だけは耳にしたことのあるその見世は、表向きは料理と酒とを振舞うだけであったが、客が望んで働く女の方も了承すれば、そのまま床を共にすることも可能であったらしい。
どうやら祖父はその料理茶屋で女を見初め、暫くの間女目当てに見世へと通い詰めていたらしい。
だが女は身体を売ることを良しとせず、祖父からの誘いをこれまでずっと袖にしていたらしい。
それに業を煮やした祖父が、女の兄が博打で首が回らぬことを知るや否や、借金の肩代わりを引き受ける代わりに、妹を差し出すようにとその兄に取引を持ち掛けた云うことだった。
「あー…、つまりあんたは、」
「そう。売られたのよ、兄さんに」
自嘲を浮かべて女は言うが――ちょっと待て。
気のせい…または偶然だろうか?
この女の兄が足を運んでいたと云う賭場の胴元だが、確か祖父に縁ある男ではなかっただろうか?
「でも、元々兄さんは手慰み程度に賭場へと足を運ぶだけで、そこまで羽目を外すようなことは無かったんだけど…」
バッカよねえ、と。
尚も苦々しげに語る女の言葉に、どうしたって過る懸念。
(よもやあのクソジジイ、この女を手に入れる為に、裏でつまんねえ手え回したんじゃねえだろうな)
信じたくはねえが、あり得ないこととも言い難い。
何しろどうしようもねえ色狂いの、クズもクズ。
身内の俺が言うのもなんだが、女に対する執着心は尋常ではないジジイなのだ。
(だとしたら、最悪だ)









[*前へ][次へ#]

15/23ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!