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百億の夜とクレオパトラの孤独 1
※社会人パラレルに付き苦手な方は注意※


始まりは、ほんの些細な諍い。
多分…約束を破っただの破らないだの、じゃあ一体誰と一緒に居たのだの、それこそ他愛ない言い合いだったと思う。
口喧嘩から発展して、気付いた時にはいつの間にやら別れる別れないの話にまで膨れ上がっていた。
(今思えば、ホント馬鹿みたい)
大学の時から付き合い始めて、5年?6年?
それなりに長い付き合いで、お互い『結婚』だって視野に入れていた筈だったのに…。
終わるときなんて呆気ないモンよね、ホント。
見かけ以上に頑固で意固地な性格だってことすっかり失念していたわ。
「もう、いい!」って叫んだあたしに「ふう」と溜息を零し。
極・冷たい眼差しで「なら、好きにしろ」と突き放された。唐突に。
無論、それで全てが終わりだったワケじゃない。
まだ修復は可能だった筈だ、幾らだって。
ごめんなさい。言い過ぎたわと謝って、素直に甘えておけば良かったのよ。
そんなことぐらいわかっていたのよ、頭では。
それでも…どうしても憤りは収まらなくて…。
捨て台詞みたいに「さよなら!」って言い残して部屋を出た。
駆け下りたアパートの階段。甲高いヒールの音がやけに煩く耳についた。
とぼとぼと歩く、ひとりぼっちの帰り道。
だけど結局…追いかけては来てくれなかった。
携帯だって鳴らない。メールも来ない。
憤りが収まらないのは何もあたしだけではなかったのだ。


「あーあ、他にいい男がいないかなあ」なんて。
「いっそお見合いでもしようかしら」なんて。


そんな気さらさらない癖に、事ある毎に口にした。
(だって忘れたかったんだもの)
だけど本当は、他に彼氏を作る気も、無論お見合いなんてする気もなかった。
ただ、燻っていただけなのよ。
(だってあれから連絡ひとつ入らないんだもの)
本当にこれで終わりなのかな?
本当にお終いにするつもりなのかな?
あの日…一緒に居たって云う子と付き合うことにしたのかな?
そんな不安がぐるぐるぐるぐる頭の中を駆け巡って、だけど自分からは決して連絡なんてしたくなくって。
(だってそんなの、負けた・みたいで癪じゃない?)
なのに連絡はいつまでも来ない。
そんな毎日が嫌で嫌で堪らなかった。
だから不安を押し隠すみたいに口にした。
ただ、誰かに構って欲しかったから。
でも。
それが間違いだったのだ。


お昼休み。
いつもみたいに仲良い同僚と三人で、食堂でお弁当を広げていた時のことだった。
やっぱりいつもみたいにあたしは「男欲しいなー、お見合いでもしよっかなー」って口癖みたいにお箸片手に言っていた。
そんなあたしに同僚二人はいい加減うんざりしてたみたいだったけど、運悪くそれを聞き咎めた人物が居たのだ。
「本当か?松本」って。
吃驚したわよ、そりゃあもう。
「ぶっ、部長!?」
意外そうな顔をして、ひょいとあたし達の会話の中に飛び込んできた部長は、ちょうどいいってひとりごとみたいに言ったのだ。
「実はちょっとした『見合い』の話があってな。誰か行ってくれるヤツが居ないか探してたところだったんだ」
「…はぁ」
マズイ。
これはマズイ。
たじろぐあたしに気付くことなく、そうかそうかと一人頷く部長は。
「その点お前なら申し分ないし。その気があるんなら直ぐにでも紹介するぞ」
って、にこやかに畳み掛けられて…。
挙句、一緒にご飯を食べていた七緒達までもが「あら、ちょうどいいじゃないですか乱菊さん」なんて言い出しちゃったもんだから。
「あぁ、そうねえ…」なんて、あたしもうっかり頷いちゃって。
すっかり後には退けなくなっていたのだ!



別れるつもりなんてなかったのに…。
お見合いなんて、本気で口にしたつもりなかったのに…。

だけど、一旦口にしてしまった言葉は取り戻せない。打ち消せない。
それに待てど暮らせど向こうからは連絡の一本だってメールの一通だって来なくって。
だけどやっぱり「ごめんなさい」なんて、今更あたしからは言い出せなくて…時間ばかりが刻一刻と過ぎてゆく。
そうしてる間に「松本」と。
部長に呼び止められて、この間の見合いの話なんだが…と、切り出されていた。
正直、断りたいと思っていた。
だけど、すっかりお見合いの話を進める気になっているらしい部長相手に、今更後に退ける筈もなく…。
「お会い…するだけなら」と。
渋々あたしは頷いていた。
会う、だけなら。
それなら別にいいわよね?
何も直ぐに結婚・とかって話になんてならないわよね?
そう思っていたのだ、その時は。
でも。
今思えば、それが運命の岐路だったのだ。



*
*

そうして、今。
あたしはまっさらなウェディングドレスに身を包み、頬杖ついてぼんやり窓の外を眺めている。
幸か不幸かわからないけれど、結局部長の言う『見合い相手』は大層あたしのことを気に入ってくれて。
あたしも…これと云って断る理由が見つけられず、オマケに彼氏からはやっぱり何の連絡もなくて。
気付けば『結婚』の話はトントン拍子に進んでしまったのだった。
(嘘みたい)
当然、七緒達だって驚いてたわよ。
「まさか本当にお見合いをされるとは思いませんでした」
って…アンタねえ。
元はと云えば、アンタらのせいで話がここまで進んだんでしょーが!!
そうして、どうやら婚約・結婚が決まったみたいと淡々と言ったあたしに、彼女達は絶句していた。
「本当にいいんですか?乱菊さん」て。
良いも悪いもないわよ、今更。
うちの両親だってすっかり乗り気で、部長だって喜んでいて、部署の子達もみーんなあたしの結婚に喜んでくれて。
後になんて退けるわけがない。
だけど話を受け入れたのはあたしなんだし、今更何を言っても仕方ない。
流されるままにお見合いをして、挙句断ることも出来ないままに結婚を決めて人生のゴールインに向かって正に今、最終コーナーを曲がろうとしているあたしの心は、だけどちっとも晴れない。
これはもう、マリッジブルーなんてひとことで片付けられるほど、曖昧で単純な感情じゃない。
真っ白なドレスに身を包んだあたし。
もうあと1時間もすれば、長年寄り添ってきたあのひとではない別の男とあたしは永遠の愛を誓うことになる。
(永遠の愛…ねえ)
何だかとっても嘘くさい。
てゆーか、まるで実感なんて湧かない。
…いいのかな?
こんなんで本当に結婚しちゃっていいのかな、あたし。って思わないでもないけれど。
だってあたしはあのひとのことを忘れてしまったわけでもなくて、本当は…何度も連絡をしようと思って、躊躇って、とうとうこの日を迎えてしまったのだけど。
本当は。
もしかしたら、って思ってる。
あたしの結婚の話を聞きつけて(って、まあ会社違うし相当無理があるんだけど)、後悔してくれたらいいのに・って思っている。
慌てて式場に駆けつけ、絶望してくれたらいいのに・って思っている。
ごめんな、俺が悪かった。もう一度俺とやり直そうって、言ってくれたらいいのに・って思っている。
昔テレビで垣間見た古い外国映画のように、花嫁のあたしのこと…浚いに来てくれたらいいのに・って。
馬鹿げたことを考えている。
決してありえない妄想に、あたしは今身を委ねている。


やがて控え室のドアがコンコンと控えめにノックされて、あたしはゆるりと視線を動かした。
扉の向こうに居るのは、無論…あのひとなんかじゃなくて、真っ白なタキシードに身を包んだあたしの夫となる男。




「…部長」
「もう、部長じゃねえ。冬獅郎だっつッたろが」


整えられた銀色の髪をぐしゃりと無造作に掻きあげながら、苦笑を浮かべるこのひと、が。
何のことはない…あたしの『お見合い相手』だったのだ。





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