3.
だが、ひと度自覚してしまえば後は早い。
とにかくどうにも手に入れたいと思ったから、ダメ元でとうとう告るに至った。
勢いに任せて、後を追っかけて捕まえて。
好きだと告げたら振られるどころか、予想外にも落っこちてきた。この手の内に。
「じゃあ、まあ…せいぜい大事にしてよね、とーしろーくん？」
甘い囁きと共にぎゅうと背中を抱き返されて、歓喜しなかった筈もない。
（よもやこうもあっさり手に入るとは、夢にも思わなかったけど）
いずれにしろ一度振られたぐらいで引くつもりは毛頭無かったのだから、下手に執着が増す前に、色よい返事が貰えたことはありがたかった。
（振られた挙句に店に戻って、オヤジと母さんに憐れみの目で見られるのも癪だったしな）
何しろオヤジも母さんも、飲みっぷり良く食いっぷりもいい、更には派手な見かけに寄らず屈託の無い松本のことを前から気に入っていて、松本が店に来るのを心待ちにしていた節はあるのだ。
ゆえに俺が松本狙いであると知れた時に、不本意ながら「お前みたいな世間知らずの子どもが、あんないい子に相手にされるわけがない！」と、憐憫で以って諭されたほどだ。
だから俺と付き合うことになった時には、ふたり揃って上を下への大騒ぎだったし、気の早いヤツらの頭の中では既に松本は、半ば『嫁』扱いも同然で。
今以って大歓迎で店へと迎え入れられている。
おまけにここだけの話だが、来店した松本に不届きにも手を出そうとする酔っ払いを排除すべく、店の中では俺の代わりに常に目を光らせてくれているのだから、ある意味非常に都合がいい。
そんなこととは知らない松本としては、俺との年の差に多少なりとも引け目を感じているようではあるのだけれど。
実際のところ、無用な心配。無駄な勘繰りでしかない。
（けど、まあ…さすがに合コンてのは盲点だったか）
確か先週の金曜だったか？
夕方になって、いきなり「ごめん！今日はこれから会社の子たちと急遽飲みに行くことになったから、今夜はそっちに行けそうもないの」と連絡があったから、恐らくその日が合コンだったんだろう。
あ、同僚って言っても女だからね！と電話口で慌てて言い添えたその口振りは、今思い出しても嘘を吐いていたとは思えない。
だからこそあんなメールを送って来たのだろうと思われる。
…そう。
たまには飲みに付き合えって周りが煩くて、聞く耳持たないからホントごめん！と、然も申し訳ないとばかりに謝っていた松本から、その後暫くしてからメールが入ったのだ。
尤も、俺がメールに気が付いたのは、店の手伝いを終えて漸く部屋へと戻った夜も遅くのことだった。
『来るんじゃなかった。帰りたい…(T△T)』
そんなメールの内容に、はていったい何があったと懸念を抱いたものの、十一時を前に二通目となる『やっと解散。これから家に帰ります。バイト中なのに、さっきは変なメール送ってごめんね』と云うメールが届いていたから、あの時の俺に何が出来よう筈もなかったけれど。
（ああくそ、こんなことならちゃんとメールチェックしとくんだった）
そうすりゃあの日、松本からのヘルプにだってすぐにも気付いてやれたのに。
そうすりゃすぐにも店を抜け出して、迎えにだって行ってやれたのに。
そんな後悔が今になってこみ上げて来る。
とは云え、過ぎてしまったことをいつまでもぐだぐだ言ったところで始まらない。
それに逆衝きゃ松本に、他の男に乗り換える意思が皆無と知れたも同然なのだから、ある意味喜ばしいとも言えよう。
正に、棚ボタ。雨降って地固まったも同然じゃねえの？
…などと思えるようになったのは、やはり。
「うん。なる。なりたいな、とーしろーくんのお嫁さん！」
俺の腕の中、とろけんばかりの笑顔で応えてくれたから。
差し出した小指に応えるように、細く白い小指をそっと巻きつけて、花開くように微笑んでくれたから。
思い出しては、気付くと緩んでしまいそうになる口元を、首に巻いたマフラーで以って押し隠す。
ありがたくもいち早く松本の情報をリークしてくれた京楽と、バイトの七緒さんにもう一度、改めて礼を述べてから「じゃあな」と早々会話を打ち切る。
と同時に松本から届いたメールには、『今日は会いに来てくれてありがと！すっごくすっごく嬉しかった！また金曜にね』と、惜しみないまでの『大好き』の言葉が綴られていて。
…ああ、くそ。
（せっかく気を引き締め直したばかりだと云うのに、これじゃ何の意味もねえじゃねえか）
これ以上俺を脂下がらせてどうすんだよと思いながらも、いそいそとばかりに返信を打って。
雪でいつもより幾分歩き辛い駅までの道のりを、足取りも軽く辿る夜。
――嗚呼、次会える日がもう待ち遠しい。
end.
松本相手に飄々として見える日番谷くんも、裏じゃいっぱいいっぱい頑張ってるのよ〜的な駄文で続きとかｗ
なんやかんやで、うちに数ある『高校生×OL』ネタの中では一番結婚早そうなふたりだよなと思っとります（＾ｑ＾）
お題：alkalism様
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