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2.


「あー…、だろうねえ。七緒ちゃんの話じゃ、周りの子からあれこれ心無いこと言われてたみたいだからねえ」
「挙句、他の男に乗り換えろってけし掛けてたって?…ッハ!冗談じゃねえ」
「ん〜…、そうは言うけど随分といい男だって話だったし、しかも結構おっきな商社の営業マンでしょ?ま、浮かれて騒ぐ女の子達の気持ちもわからないでもないけどねえ」
口汚くも罵る俺を、苦笑混じりに宥める声。
「まあまあ、そうカッカしなさんなって」
スマホの向こうで暢気にのたまう髭ヅラを、否応にも脳裏に思い浮かべて、思わず眉間に皺が寄る。
「別に松本は浮かれてねえ」
他の女と一緒くたにしてんじゃねえぞ、オイおっさん。
そんな心の内の苛立ちが、ついうっかりと漏れていたらしい。
「うわ。オッサン…て。ひっどいなー」
せっかく僕が気を利かせてあげたのに、と。
押し付けがましくも言うこの男は、少々年の離れた俺の従兄弟に値する。
その素性を更に詳しく明かすのならば、松本の勤める会社近くでこじんまりとしたイタリアンの店を営業しており、比較的リーズナブルな値段の割には味もまあまあとのことで、人の入りは概ね上々。
…その店に、以前からちょくちょくと松本が足を運んでいたことを、長期休みの度に日中バイトに入っていた俺は、当然ながらずっと前から見知ってはいた。
とは云えその時点では、特別意識するようなことも無かったと言えよう。
何しろ相手は俺より年上、しかも明らかに社会人だ。OLだ。
どこか澄ましたような顔をして、一緒にランチを取りに来た同僚達と、仕事の愚痴を零して笑って歓談をする。
確かにずば抜けて目立つ容姿こそしていたものの、所詮は常連客のひとりに過ぎない。
そんな認識でしかなかった筈だ。
その彼女が最近になってうちの店にも顔を出すようになったのだから、なんでこんな居酒屋なんかに…と驚かなかった筈もない。
どう考えても来る店間違ってんだろ。
どっちかっつーと、ちょっと小洒落たバーか何かで、カクテル辺りを飲んでそうな女だろ。
それが何で芋焼酎に焼き鳥なんだよ。
俺の作った卵焼きなんぞに、「うわ、おいっしーい!」って、何目えキラキラさせてんだよ。
なんか違くね?
イメージと違くね?
しかもあんた結構食うよな。
オッサンの店じゃ、大して量もないパスタとサラダをちまちま食って、お腹いっぱーい!とか何とか抜かしてなかったか?オイ。
おまけに笑う。よく笑う。
それも、昼間見せてるみたいな、うふふおほほと気取った笑い方なんかじゃなくて、大口開けてわははと笑う。
初対面の筈のオッサン共と(いや、うちの常連客ではあるのだが)いつの間にやら意気投合して、気付けば酒を酌み交わしている始末じゃねえか。
(何なんだ、この女!)
「いやあ、前に行った居酒屋で、ここのお店がお勧めー!って言ってたひとがいて、それからずっと気になってたんですよねえ」
そしたらホントにお酒もお料理も美味しいし、こんなことならもっと早く来るんだったわー、と。
ガキみてえに笑った顔を可愛いと思った。不覚にも。
一瞬にして心掴まれていた。
…多分、こっちの顔が素なんだろうなと思って興味津々、店に来る度観察してたら、いつしか目が離せなくなっていた。
気付いたら、柄にも無く恋落ちていたのだった。









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あきゅろす。
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