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10.


「?」と思いながらも近付いて、傍らに腰掛けた途端、あたしの脚へと伸びたあのひとの腕。
うお?!と思う間もなくヒールを脱がされた。
「これも。似合ってないわけじゃねえが、…如何せんヒールが高過ぎだ」
…って、なんだそれ??
ヒールの高さは、およそ八センチ。
まあまあ、高いと言われれば高いのかも。
だけどこれくらいなら他所のご令嬢方も、夜会の際に普通に履いてる範疇では?
不可解にも小首を傾げて「……そうですかあ?」と言葉を濁せば、すぐにも応えが返ってきた。
「おう。面白くねえ」
それもさっきまでの態度とは裏腹に、今度は何故かぶっすり不機嫌も露にそう言うと、まるで親の敵でも見るような目で手にしたあたしのヒールを睨み付けてから、ぞんざいにもポイと傍らに放り投げた。
(あ、酷い)
「なな…なんてことしやがるんですか、お気に入りの靴なのに!」
「もう後五年も経ったら好きなだけ履かしてやらあ」
「って、なんで五年?!」
意味わっかんない。
しかも、履かしてやるって…!
いやいや、靴ぐらい好きに履かせてよ!って感じなんですけれど。
身を乗り出して詰め寄るあたしに眉根を寄せると、あまつさえ王様は「…香水臭せえ」と顔を顰める。
わざとらしくも鼻をつまむ仕草をしてみせるから、さっきまでの戸惑いなんて何処へやらだ。
(うわ、もお…やっぱりかっわいくねえええええ!)
うん、変わってない。
やっぱ変わってないわ、この糞ガキ。
あたしのこと、わけもわからず無視してくれたり振り回したりしてばかりいた、あの頃の『俺様王子様』だった時から、なーんにも変わっちゃいない。
「すみませんねえ、香水臭くて」
だけどこれも淑女の嗜みだからと言われれば、付けないわけにもいかないのよう。
だいたいあたしなんかまだまだ可愛い方だっつの!
周りのご令嬢方とかどんだけすんごい匂いぷんぷんさせてると思ってんのよ、ええ?
腹立ち紛れに、「喰らえ!」とばかりにぎゅうとしがみ付いてやったなら、途端「どおわっ!」と仰け反る小さな身体。
「バッ…!離れろ、テメエ!」
「やーですー。ひとのこと、香水臭いとか言った罰ですー」
じたじたと暴れる身体を押さえ込むように抱き着いて、わざと重みをかける。圧し掛かる。
合間にふと気が付いたこと。
(あれえ?おーさまってば何気に育ってる?)
半年会わない間に、ちょっと背とか伸びてませんか?
んん?身体の作りもちょっと、前よりしっかりしてきたような?
なんて思った隙を衝くように、不意に背中を抱き返されて、「…え?」と思わず息を呑む。
その刹那、大きく開いたドレスの胸元に、ちりと走った僅かな痛み。
見れば王様があたしの肌へと歯を立てているではないか!
(うええええええ?!)
「や、ちょ…おーさまあ!?」
慌てて肩を押し戻そうにも、背中を抱き返されているせいか、容易に身体は離れていかない。
逆に背を抱く腕へと力が篭められて、更には噛み痕をべろりと舌で舐め上げられて、肌が粟立つ。
ひええと、思わず目を瞑る。
だから目にすることは適わなかった。
おーさま、が。
その瞬間、酷く切羽詰ったような顔をしていたことを。
未だあたしの胸元に鼻先を埋めたままの王様の顔が、欲を滾らせた一端の『おとこ』の顔をしていたことに、終ぞあたしが気が付くことはなかったのだ。








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あきゅろす。
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