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5.


そうして王子様に命じられるがまま、あたしが王宮へと上がるのを止めて程なくのこと、王様が突如崩御されたのである。
それまで王子様の遊び相手としてひとり王宮へと通っていた妹も、とうとうその任を解かれ、今はあたし同様屋敷に留まる日々を送っている。
とは云え、妹の場合はあたしと違って、来るべき時が来たらまた再び、王宮へと召し上げられることになるだろう。
(それも、今度は王様となった王子様のお妃候補としてに違いない)
なんともおめでたい話じゃないのと思いつつ、どうにも心が晴れなかったのは、やっぱりあんないきなり「二度と王宮へは顔を出すな」と、王子様に命じられてしまったからだろうか。
だって今考えても全く意味がわからないもの。
(最初の一回を除けば、これと云って不敬な態度を取ったつもりもないんだけどな)
その癖、即位を済ませてから程なく、あたしの元へと手紙を一通送りつけてきた。
無論驚きはしたものの、嬉しくなかったとは言わない。
だけどその中身たるや奇奇怪怪。


『近々会いに行くつもりでいる。
くれぐれも花嫁修業を怠るんじゃねえぞ。
余所見も厳禁。
忘れんじゃねえぞ!』


およそ子どもの字とは思えない達筆で書かれていたその手紙の内容に、思わず首を捻ってしまったのは言うまでもない。
(ええ…っと。これってもしかして、…妹宛て?)
間違ってんじゃないのかしらと思ったけれど、便箋を見ても封筒を見ても、宛名は間違いなくあたしの名前だ。
その証拠に、『松本乱菊様』となっている。
(だとしたら、やっぱりこれって厭味ですか?)
もういい年だからってことですかねえ?
脇目も振らずに花嫁修業に精出して、せいぜい行き遅れるなよってことですかねえ?
それ即ちあたしに喧嘩売ってますよねえ?…ええ、絶対!!
(うわ、もお!すっごい腹立つーーっ!!)
とは言え、確かにあたしも間もなく十八になる。
このまま王家に嫁入ることが確実であろう妹と違って、ぼちぼち花嫁修業のひとつもして、夜会でビューも果たして結婚相手のひとりも見繕わなくてはあっさり行き遅れてしまいそうなのは紛うことなき事実ではあった。
だから言われるまでもなく、充分励んでおりますですよ。お生憎様!
日々花嫁修業に精を出し、合間合間に夜会へと顔を出しては、妙齢の殿方相手に慣れぬ媚を売って顔を売り、少しでも良いお相手が見つかるようにと、そりゃあもう頑張っておりますとも!
但し、近々会いに行くつもり…って云う一文だけは良くわからない。いみふめいのままではあった。
そもそもあのひと、王宮には二度と来るなとあたしに命じたぐらいだ。
それってつまり、あたしの顔も見たくないってぐらいには、会いたくないってことなのよねえ?
そーゆー意味だと思ってたんだけど。
なのに、近々会いに来る?…って、なんだそれ!
まるで言ってる意味がわからない。
(いったい何がしたいのかしら、このひとってば)
ホントわけわっかんない子どもよねーと呆れこそすれ、そもそも額面通りに受け取るつもりは微塵もない。
だって「会いに行く」なんて言ったところで、どうせ実現することはないんだから。
何と言ってもこのひとは、即位してまだ間もないのだ。
政務の引き継ぎやら雑事やら、やることは山ほどあるだろう。
(そんな中、のこのこ王宮を抜け出してなんて来れないわよねえ?)
そんな時間も暇もないわよねえ?
だから、アレかな?
王様になった王子様と顔を合わせる機会がこの先あたしにあるんだとしたら、せいぜい妹との結婚が決まった時ぐらいのものかしら?
(幾らなんでもその頃には、王宮へ来るな!なんて言われないわよね?)
仮にも『義理の姉』になるわけですし?
一応縁戚…ってことになるわけですし?
などと、鷹揚に構えてもいたのだけれど。…だけれども。
(これはいったいどう云うことだ?)




「ええ…っと、おーさま?」
「久しぶりだな。…なあ、松本?」









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あきゅろす。
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