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黄昏で君を見失う

※『幻月夢想』のその後のふたりとか



二度に亘る長い眠りが影響したのか、はたまた治療過程に於ける副作用なのか。
二度目の長い眠りから目覚めた時、松本は。
記憶のところどころが抜け落ちていて、幾分混乱しているようにも見受けられた。


「俺のことは憶えているか?」
「憶えてますよう、たいちょでしょ?」


うふふと笑った松本は、ああでも何だか少しだけ、大きくなったように見えます…と。
困ったように目を伏せた。
その眦がほんの少しだけ赤く染まって見えたから、恐らく俺へと抱いた恋情のこともちゃんと憶えているのだろうと、柄にもなく安堵したのはここだけの話だ。
だがどうやら松本は、ひと月にも及んだ一度目の長い眠りから目覚めた後に、交わした筈の会話も俺が告げた言葉も全て、綺麗さっぱり忘れてしまっているようだった。
だから松本は笑っている。
松本の気持ちを無下にした、あの日のようにほんの少しだけ後悔の色をその目に残して、俺へと向けて微笑んでいる。
「そんな毎日お見舞いなんて…無理しなくてもいいんですよ」
言外に、だから負い目を感じることはないのだ、と。
笑って俺との間に距離をとる。
副官としての至極適切とも呼べるその距離に、俺が不満を抱いていることも知らないままに。
「ああ、ほら。あたしのことはいいんで、早く戻ってあげて下さい。部屋で雛森が待っているんじゃないんですか?」
そんな風に痛々しくも、笑って俺を突き放す。
だからすぐに察した。
あの日告げた俺の言葉は、今再び目覚めた松本の中から綺麗さっぱり抜け落ちてしまっているのだ、と。
それが酷く胸に…痛い。
松本は、気の迷いだとあの時言った。
同情も負い目もいらないのだ、と。
頑なに俺の気持ちを…言葉を拒絶した。
――けれど、そんな…同情や負い目なんぞである筈もない。
今こうして傍らで眠る女を見下ろしながら、改めておもう。
この、女を。
失うことの恐ろしさと。
失うかもしれないと思うことへの言いようの無い恐ろしさと。


(失えない。失いたくはない)


誰よりも松本が愛しいのだ、と。
日を追うごとに思い知らされる。
笑うことだけを願っている。









「…起きろ、松本」

早く目覚めて、俺を見ろ。
今再び、俺だけを見つめてくれることだけを願っている。






end.


思い出したように更新とか…。
どうしても!このお題で書きたかったお話なので、豪いこと短めですがここでひと区切り。多分次くらいで終わります。


お題:sein

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