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9.


「って、なんだあんた、知ってたのかよ!」
「そりゃ知ってるわよ。だってあのひと、夜あたしの部屋に来るたびに、すっごい疲れた顔してるんだもの。あー毎日忙しくしてるんだろうなーってのは見てればわかるし、『明日は午後からどうしても外せねえ会談があって、ちっとばかし仕事が立て込んでるが、時間作ってその前に一度顔見せに寄る』って予め言われてたし。…だけどそれだけじゃなくてあのひと、例えば国の財政から情勢、派閥、貴族間の力関係。それからその日あった会議の内容に議題、出席者。果てはどこの誰が城に来て、謁見していったかまで、事細かにぜーんぶ教えてくれるんだもの」
…正式な婚儀を挙げていない今はまだ、お前が直接政務に関わることは先ず無いだろうが、それでもお前はこの国の王妃なんだし、ちゃんと知っておく権利があるからって、と。
今にも消え入りそうに小さな声で口にした、乱菊さんのその言葉に、図らずも俺は再び目を丸くすることとなった。
「…っつーか、なんだよ。すっげ信頼されてんじゃん!」
あんた、そこまであいつに言わせてんじゃん。
そこまで言われる存在なんじゃん!
唖然と呆気にとられる俺に、乱菊さんは今にも泣き出しそうに顔を歪める。そっぽを向く。
「でも!所詮『代わり』だし、おーさまがホントに好きなのはあの子だし…」
「って、まだ言うかっ!!」
っだあああああ!!と叫んだところで、遠く耳を掠めた蹄の音。
もしやと思って音の聞こえた方へと目をやれば、…ああやっぱり。
予想に違わず冬獅郎が馬で駆けてくるのが見て取れたから、思わず苦い笑いがこみ上げた。
「え?!てゆーか、…おーさまあ!」
半拍遅れてヤツの姿を目に留めたらしい乱菊さんが、ギョッと驚くのに何とも愉快な面持ちになった。






*
*


「あー…、やっぱ追い掛けて来たか」
確信があったつもりもないが、多分そうなるだろうなとは思ってたんだよ。
なんたって、他ならぬ乱菊さんのことだもんな。
他のヤツに後を任せて自分は王宮で大人しく待つとか、こいつに限って先ずありえねえと思ってたんだよ。
いやむしろ迎えに来るのが遅いぐらいだな、うん。
俺がひとり納得している間にも、みるみる内に距離を縮めた冬獅郎は、乱菊さんの顔を見止めると、ホッと安堵も露に馬から降りて「…松本!」と。
驚きの余り逃げることすら忘れていたらしい乱菊さんの腕を捕らえて、そのまま自身の胸へと抱き寄せたのだ。
「お、おーさま?」
「無事で良かった」
背の高い乱菊さんより二十センチ近く小柄な身体にぎゅうと抱き締められて、窮屈でない筈がない。
けれど乱菊さんの表情はと言えば、戸惑いながらもどこか嬉しさを隠し切れていない。
何とも複雑そうだったのが、妙にツボだったのは言うまでもない。
「つーか、冬獅郎。お前、東国の大使サマとの会談はどうしたよ?」
「は?ンなもんお前からの報せが入ってすぐに、速攻切り上げたに決まってんだろが」
「…良かったのか?」
「良かあねえが、…背に腹は変えられねえからな」
今ここで迎えに行かなかったら、大事な王妃を失いかけないことになるから、と。
後悔だけはしたくないから、と。
正に会談真っ只中だった東国の大使に詫びを入れ、また日を改めて貰うことにしたとのヤツの説明に、ギョッと慌てたのは勿論乱菊さんに他ならない。
「なな…、なんっちゅーことを!」
バカですか、あなたは!と青ざめまくった乱菊さんは、今度は別の意味で泣き出しそうだ。
よもやこの国にとって随一と言っても過言ではない同盟国の大使との、大事な会談を途中でほっぽり出してまで自分を迎えに来るとは夢にも思わなかったのだろう。
身を捩ってはその腕の中から抜け出そうと必死にもがくも、生憎ヤツの拘束が緩むことはない。
況してや「誰のせいで会談が打ち切りになったと思っている」などと、乱菊さんを責めるでなく。
ただ、ひと言。
「――すまなかった」
縋るように乱菊さんの背中を抱き締めたまま、王としてはあるまじき行為――頭を垂れて、深く彼女へと詫びたのだった。
暫しの抱擁。
暫しの沈黙。
…その、のちに。
溜息と共に、冬獅郎の口を衝いて出た『二の姫』の名前。
「『二の姫』のことは…そりゃあ、最初は確かにいいなと思っていたし、心惹かれもしてたから。…嫁いで来た時は、実際『なんでお前が』と思いもした」
バカ正直に冬獅郎が明かしたと同時に、びくりと震えた薄い肩。
ぎゅうと苦しげに寄せられた眉根。
乱菊さんは、明らかに『傷付いた』って顔をしていた。…当然だった。
(っつーか、あいつマジでアホだろ!バカだろ!大間抜けだろっ!!)
それ、今言うこっちゃねえだろ!
ただでさえショック受けてるっつーのに、そこでお前が追い討ち掛けてどうするよ!?
あちゃーとばかりに俺が頭を抱えたところで、「…わかってます」と。
返る言葉は固く強張り、拒絶も露わに逸らされた視線。
但し、そのままギロリと俺を見据えたかと思うと、「ほーら、やっぱり!なあにが今じゃああたしにめろめろ、よ!ぜんっぜん話が違うじゃないのよ、バカ一護!」と言わんばかりの憤怒のオーラをビシバシ飛ばしてくるものだから。
「あ、あー…俺、ちょっとあっちで用足してくるわ!」
予想外のこの展開に、逃げ出すように慌ててその場を後にしたのは言うまでもない。









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あきゅろす。
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