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4.


「――もう、随分と昔の話になるんだけどね。それこそすぐ下の妹が生まれる前の…あたしが三つか四つになる頃かしら、国ですっごい飢饉に見舞われたことがあったのよねー。何でもその少し前から領地のあっちこっちで異常気象や不作が続いてたみたいで、お父様達もあれこれと手を打っていたようなんだけど、結局はどうにもならなかったみたい。そんな国を挙げての大規模なインフラ整備が続いて、ただでさえ財政が厳しい中、とどめとも云える大災害が起きちゃってねえ…もうお手上げ。何しろちっとも雨が降らないから、作物が全然育たない。やっと降ったと思えば今度は異常とも云える長雨が続く始末で、やがて川は大氾濫。洪水で苗が流されてしまうわ、根が腐ってしまうわでもう散々。難を逃れて何とか育ってくれたわずかな小麦も作物も、収穫を前に今度は病気でその大半が枯れてしまった。国中本当に逼迫しきったことがあってね、…勿論あたし達王族も例外じゃなかった。そりゃあそうよね、皆が飢えているのにあたし達だけが贅沢なんて出来ないもの。食べるものに事欠く中、王女としてはあるまじき行為だけど、食べられるものなら何でも口へと入れた。それこそ庭に生えた雑草ですらね。実はそのぐらいひもじい思いをしたことがあるのよ、あたし」
だからどんな食事も粗末にしないわ、と。
笑って明かしてくれたとの、彼女付きの侍女からの報告が女官長を通じて冬獅郎の元へと届けられた時、恐らくヤツの彼女を見る『目』が変わったんだと思う。
と同時に、一国の王としての自身の責務と、人を見る目の無さとを痛感したに違いない。
自身が淡い好意を抱いた二の姫の代わりとなって、親子以上に年の離れた(と思い込んでいた)王の元へと嫁ぐ決意をした性根と心ばえ。
更には単身放り込まれた他国の宮殿に在って、王の後ろ盾ひとつ無しに周囲の人間を次々に懐柔してゆく人当たりの良さと、生まれ持っての愛される資質。
反面、自身を貶めようとする輩への牽制も大したもので、決して足元を掬わせない、弱みを見せない姿はいっそ堂々と清清しい。
常に感謝の心を忘れずに、周囲に対して分け隔てなく陽気に振舞い、時に皆を――冬獅郎を呆れさせては振り回す。
美しくも華やかでいて、決して驕らぬ彼女の本質に、『王妃』としての器を見たのは決して俺だけではなかった筈だ。
況してやずっと見て見ぬ振りをしていた冬獅郎にだって、そんなことはとうの昔にわかり切っていたに違いない。
そうでなければ嫁いでひと月余りも部屋へとひとり捨て置きながら、反するように、わざわざ毎朝彼女の元へと花を届けさせたりなんてしなかった筈だ。
それこそ(女官長を通じてではあるが)、ここでの暮らしに不便はないか、不都合はないかとわざわざ気に掛けたりもしなかった筈だ。
一日置きに乱菊さんから届けられる短い文に目を通し、頬を緩めたり時に頭を抱えたり、はたまた物思いに耽るようなこともなかった筈だ。
そんなにも二の姫に未練があったのならば――乱菊さんが気に入らなかったのなら、大国の王たる権力を以ってすぐにも離縁し国へと戻してしまうことだって、ヤツにとっては容易であった筈なのだ。
例えそれがどれほど一方的であろうとも、国同士の『力関係』を鑑みれば、乱菊さんにもあちらさんにも逆らう余地はなかった筈なのだから。
そうして改めて二の姫との婚姻を要求してしまえば良かった筈だ。
恐らく…国許に帰った乱菊さんの立場は相当悪くはなるだろうけれど、そんなものはこちらに関係ないと割り切って、さっさと二の姫を娶れば済んだ話なのである。
けれどヤツはそうしなかった。
躊躇いながらではあるものの、結局は彼女を手元に留め、完全に捨て置く真似など出来なかったのだ。
そしてとうとう部屋へと渡るに至った。
…と云っても、最初の内は昼の執務の合間に、顔を見せに離宮へと立ち寄った程度に過ぎない。
(何も知らされていなかった乱菊さんは、当然の如く驚きの余り固まっていた)
髪にはその日の朝に冬獅郎から贈られた花が一輪飾られていて、ヤツはどこかこそばゆそうな顔をしていた。
見られた彼女の方も僅かにうろたえていたのだが、侍女のひとりが「乱菊様は毎朝頂いたお花を一輪、王様の代わりと思って髪に差していらっしゃるのですよ」と明かすに至って絶叫を上げた。
見るからに動揺しまくりの真っ赤な顔は、俺の目から見てもすっげえ可愛らしかった。
黙っていりゃあ、見た目すっげえ美人で妖艶なのに、そんな雰囲気微塵も感じさせないほどには、慌てるその様は愛らしく見えた。
まさにギャップ萌えってヤツだと思った。
無論、そんな乱菊さんを前に冬獅郎がうろたえなかった筈もなく…。
結局その夜、一緒に飯を食う約束を取り付けただけでヤツは、逃げるように乱菊さんの部屋を後にしたのだった。








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