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6.


「…ね、日番谷」
気もそぞろな上映中の薄暗がりの中、我に返ったのは不意に呼び掛けられてのことだった。
そっと袖を引かれて、反射のように傍らを向いたところで、いきなりのようにくちづけられた――ところで思わず顰めてしまった眉。
けれど傍らの女と云えば、そんな俺の渋面に全く気付いた様子もなく、まるで悪びれた風でもない。
「ごめん。映画観てたら急にしたくなっちゃった」
はしゃぐ声で耳打ちされて、つとスクリーンへと目を走らせれば。
…なるほど。
そこでは豪く情熱的なキスシーンが繰り広げられていたから、恐らくそれに感化されでもしたのだろう。
納得はした。
けど、正直な話今の俺には酷く不快でしかなかった。
――否。以前からこう云った違和感は間々あったのだ。
くちづけるたび、触れるたび。
何かが『違う』ような気がした。
(あの女しか知らないからか?)
最初の内こそそう思いもした。
他の女を知らないがゆえに、こうも違和感が付きまとうのだろうかと思って戸惑いもした。
果たして自分はそうも繊細な人間だっただろうかと、それこそ何度も首を捻った。
けれどきっとすぐにも慣れるだろうとも思ったのだ。
回数を重ねていけば変わるだろうと楽観視した。
なのに未だ拭えぬ強烈な違和感。
乞われるままに身体を繋げたこともあるにはあるが、だけどやっぱり何かが違った。戸惑った。
たった一度抱いたきり、それっきり手を出したいとは思わなくなった。
…ああ、だけど。
やっとわかったような気がする。そのわけを。
(アイツじゃねえから)
今傍らにいるのが『松本』じゃないことに、漸く気付いたとも言えた。
――否、そんなことは端からわかりきっていたのだが。
けど、それでもきっと…根本では、何もわかっちゃいなかったんだろう。これまで俺は。
(バッカみてえ)
嘗てあの女がああも嫌った、目の敵にしていたとも云える、クソ面白くもねえ恋愛映画を横目に思う。
と同時に、否応にもこみ上げて来る自嘲。
…誰が俺の『世界』を変えたって?
そうじゃねえだろ。違うだろ。
初めから俺の『世界』は何ひとつとして変わってなんていねえだろ。
ただ、変わった…と。傍らの女が変えてくれたのだ、と。
俺ひとり、勝手に思い込んでいたに過ぎないだけだ。
その証拠に、松本と距離を置いて以来俺の足元は酷く不安定で、何もかもが息苦しい。
決して拭えぬ違和感に、こうも苛まれ続けているのだから。
(そうとわかれば最早、留まるだけの理由もない)
本当に欲しかったものが何であるかを、まざまざと思い知らされてしまったのだから、今更留まることなど不可能だった。
…恐らく、きっと。
あの女を得ようとすることで、再び『世界』は閉ざされるだろう。
漸く打ち解けたクラスからも、再びつま弾きにされるのも目に見えていた。
距離を置かれることは必至だったし、ある種面倒ではあったものの、別段それならそれで構いやしないと吹っ切れるのも容易かった。
――つくづく愚かだったと思う。
(バッカみてえ)
今再び、このふた月余りを一笑に付す。
(いや、そうじゃねえか)
最早ふた月どころの話じゃねえな。
それ以前から違えていた。勘違いしていた。愚かにも俺は。
重ねていたのだ、傍らの女に。
豪く懐っこくって陽気で勝気で騒がしく、酷く無愛想な俺に対しても物怖じせず無駄に面倒見のいいところを。
オマケに俺より十センチ近くも背が高く、人目を惹き付けるには充分の華やかな容姿を。
そんな、どことなく松本に似た雰囲気を。
…俺と同い年だったら恐らくきっと、こんな風だったのだろうか?
そんなくだらない妄想半分、無意識の内に重ねていたから、その言動に興味を持った。
似通わせた雰囲気と上辺とに、きっと心惹かれていったのだと思う。
だから深く付き合うに連れ、違和感ばかりが付き纏うようになったのだ。
(当たり前だ、松本じゃねえんだから)
腹の立つほど色事に長けた、余裕綽々のあの女じゃねえんだから。
あの女の手を、合鍵を――傍らに在る権利を自ら手離してしまったと気が付いた今、こみ上げるのは悔恨ばかり。
別の女に好きだと言われて、あれほど浮かれた嘗ての自分をつくづくバカだとおもう。
瞼の向こうに思い描くのは、遠目に垣間見た女の横顔。他の男へと向けていた余所行きの笑顔。
気付けば再びギリと奥歯を噛み締めていた。






end.


色々色々考えたんですが、どう考えてもこのふたりの場合、すっげ紆余曲折ないとくっ付きそうにないなと思ってこんな感じに出来上がった次第です。
毎度期待を裏切る駄文ですみませぬ;でもあそこから話繋ぐってなるとどうしても、相当な紆余曲折入れないとくっ付けたくないなと私が思ってしまったので(笑)
うちはパラレルだと基本松本のが年の差気にしてるところがあるんですが、今回に限り屈折しまくりの日番谷少年の方こそが無意識に七歳差に引け目感じてそうかな?と。
松本の前じゃ決して面には出さないけれど、学生ゆえに経験の差とか諸々気にして松本と雰囲気の似た同級生に逃げた…そーゆーダメな子なんじゃないかと思って妄想妄想。
こんな日番谷でマジすんません;でもある意味一番普通の『高校生らしい』日番谷書いたなーって思ってたりもするんですが…どうでしょう?(汗)


お題:Nicolo

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