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10.


況してや、よもや俺が気付かないとでも思ってたのか…件の女も、女を贄と定めた上の人間共も。
既に他の男と通じた女なんぞを妻にと捧げられたところで、俺にしてみれば迷惑以外の何ものでもない。
…っつーか。
(他の野郎の匂いにまみれた女の匂いが松本にこびり付いたってだけでも面白くねえよ)
だから、イラついた。腹が立った。
正直なところ今以って、松本に纏わり付く『ヒト』の匂いにムカついているし面白くねえ。
ゆえに思わず力が入った。松本の腕を掴んでいた指先に。
それも腕に跡が残るほど、強く握り締めていたのだ・と。
痛みに堪えきれなくなったらしい松本が、いたいと微かに呻き声を上げるに至って漸く気が付いた。
「ッ悪リィ!」
「あ、いえ…大丈夫です!」
大丈夫だと言いながら、どこか困ったような顔をした松本は。
自身の金糸をひと房手に取ると、徐に鼻先へと近付け、くんと嗅ぎ。
「…あの。あたし、そんなに臭います?」
恐る恐る俺へと切り出した。
「その、今怒ってるのってやっぱり、あたしにあの子の匂いが移ったせい…なんですよねえ?」
「まあ、…そうだな」
今更違うと否定するのも嘘くさい…とゆーか、既に見抜かれているのだ。
誤魔化すわけにもいかず、気まずいながらも肯定すれば、…やっぱり、と。
しゅるんと肩を落として項垂れる。
尤も松本自身に『自覚』は微塵もないらしい。
今も自身の腕の匂いをくんと嗅いでは、眉根を寄せて「そんなに臭うかしら?」と首を傾げている。
「まあ、お前元々人間だしな。わかんなくて当然だろ」
「でも、気になるんですよね。冬獅郎様は」
「まあ…ちったあな」
実際ちょっとどころの話じゃねえが。
むしろ気に入らないのはあの女の匂いに混じった男の匂いが、コイツの身体に纏わり付いていることであって。
だがこればっかりは松本のせいでもなければ、わざわざ「違う」と。「気に入らねえのはお前から他の男の匂いがすることだ」などと訂正するのも面倒なので、言葉を濁してはぐらかした。
――いや、それよりも。
「つか、そんなことよりもっと他に気にするべきことがあんだろ、お前。…言ったよな、俺?長年俺の『加護』を受け続けたお前は、二度と地上じゃ生きられねえ、真っ当な人間にゃ戻れないんだぞ。死ぬまで俺の傍に居るしかねえんだぞ?!」
お前を失いたくなくてここへと縛り付けるような真似をした俺を恨むなら恨めとばかりに吐き捨てたなら、一瞬ぱちくりと眼を瞬かせた松本が、徐にふうわり笑ったかと思うと俺へと向けてくちびるを寄せた。
ほんの一瞬、触れて。
すぐにも離れていったくちびるに、驚く間もなく。
「ならもう絶対、あたし以外の人間に施したりしちゃダメです。嫌です。…約束ですよ?」
矢継ぎ早に言い聞かせられた挙句、何故か指切りまでさせられた。
(いやまあ、異論はねえんだが)
そもそも他の人間相手に加護を施すとか、そんな気微塵もねえんだが。
…けど、なんだ?
てゆーか、何で指切り?
しかも他のヤツにはすんな・って。
「や、別にンなことする気も予定もねえけどよ」
「もし約束破ったら、泣きます。グレます。家出します」
「って!どこ行く気だ、テメエ!!」
今、一生傍に置くっつッたばっかだろうが!と、つい大声を張り上げたなら、尚も満面に笑みを浮かべて。
「はいっ!あたしも一生お傍に居たいですっ。ずっと…ずーっと、冬獅郎様にお仕えしたいです!」
高らかに言って、俺を抱き寄せる。
露になった白い乳房の谷間に抱き寄せられて、吸い込む甘い女のにおい。
嗅ぎ慣れたそれに酷く心が満たされる。
規則正しく脈打つ心臓の音に耳を澄ます。









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あきゅろす。
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