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9.


ぶつりとくちびるの端を歯で噛み切って、じわりと滲んだ血を舐め上げる。
竜であるがゆえに蘇生能力の高い俺の身体は、多少傷付けたところですぐにも傷は塞がってしまう。
こうして自身の肉を噛み切ったところで、滲み出る血もほんの僅かでしかない。
だからすぐにも舐め取って、伸ばされていた松本の腕を掴んで傍らへと引き寄せる。
体勢を崩し、ヨロと倒れ込んで来た松本の身体を受け止めてから、徐にくちびるを押し当てた。
慣れたもので松本は、命じるまでもなく重ね合わせたくちびるの向こう、薄く口を開いて俺の舌を招き入れる。
舌先に付いた俺の血を、いつものように舐め取ってゆく。
何度繰り返したかもわからない、加護の為の血の施し。


――これこそが、俺の与えた『枷』だと知ったら松本は、この俺の手を振り払うだろうか…。





*
*


二十余年に亘って与え続けてきた俺の血は、やがて松本自身の血と混じり合い、人ならぬヒトへとその身を作り変えてゆく。
それほどまでに強い毒性を持つのだ、竜の血は。
神域に在ることも相俟って、松本の身体は成長速度が著しく緩慢となり、本来であれば僅か数年で訪れたであろう娘盛りを迎えるまでに、およそ十余年――通常の倍近い歳月を要したのがその確固たる証拠だ。
そうして娘盛りを迎えた松本の身体はこの数年、その容貌をまるで変えてはいない。
竜神の血をその体内へと摂取し続けた松本の身体は、恐らく、…もう。
その成長を止めており、これ以上大きく老いることはないだろう。
況してや銀糸に緑眼の俺の血を体内へと入れたことにより、瞳の色は更に淡く、髪は金糸へとその色を変えた。
とてもじゃねえが、今更『人間』として地上で暮らしていけよう筈もない。
まともな『人間』としての一生を終えることすらままならないだろう。
恐らくは、最初に与えた血の数滴で、当面の『加護』は賄えた筈だ。
いずれ地上へと戻す意思が果たして俺にあったのならば、それ以上の施しを行わなければ済んだ話でもあった。
…けれど、失いたくないと思ったから。
松本が神域に留まるようになり、ひと月が経ち、ふた月が経ち。
やがて半年、一年と過ぎて、少しずつ大きくなってゆく…その姿を子どもから少女へと変えてゆく松本に向けて抱いた衝動。
いずれ失う恐怖に恐れを抱いて、自分勝手にも血を与え続けた。
決して俺から離れていけないように。
(ああ、そうだ。囚われていたのだ、俺は。他の誰でもないこの女に)
決して離すまい…逃がすまいと思ったから、その身の内へと枷を嵌めた。
容易には解けぬ強固な鎖で以って、俺へと繋いだ。無理矢理のように。
――永劫俺と在る為に。
逃れられぬようこの地に、俺に、縛り付けたのだ。この『血』で以って。
だから、いらない。
押し掛けの花嫁なんてものには端から興味が無い。
むしろその存在が松本をこうも憂うさせると云うのならば、容赦なく排除するまでだ。









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あきゅろす。
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