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7.


だけど、現状抱く不安が消えたわけじゃない。
…だってあの子はあたしと違ってこのひとに、妻として添うために捧げられた少女なのだ。
「んで、何だって?」
「あ、ええっと…だからあの子、冬獅郎様の花嫁として捧げられたって。だからお傍に置かなくていいのかな?その…あたしにして下さったみたく、加護を与えて留め置かなくてもいいのかな…って」
先を促されて、ごにょごにょと。
形ばかりの正論を、今にも消え入りそうな声音で以って口にした、――途端。


「なら、お前は…嘗て俺がお前に施したように、お前以外の女相手に『加護』を与えてもいいんだな?」
「加護を与えた上でこの神域へとこのまま留め、あの女を花嫁としていいんだな?!」


先ほどまでの憤りがぶり返したかのように声高に、詰るように詰問をされて息を呑む。
苛立たしげに歪められたあのひとの顔。
射抜くような鋭い眼差しと、心の奥底までをも覗き込むような対の翡翠はギラギラと滾り、尚もあたしを見据えている。
目を逸らすことも出来ないままに、それでもどこか頭の片隅で、あの人間の少女相手に加護を施すあのひとの姿を思い描いては、頭の中がふつと煮えそうになった。
知らず、激しく拒絶を口にしていた。
「ッ…やだ!!」
この神域で、人間であるあたしが生きてゆく為にと施されたのは、あのひとの加護。
自らの歯でくちびるをブツリと噛み切ったあのひとは、滲み出た竜の血を惜しむことなくあたしへと与えてくれた。
「人間…況してやまだ子どものお前に竜神の血は少し強過ぎるからな。先ずは当面ここで生き永らえるだけの量をやる」
そう言って。
押し当てられたくちびる越しに与えられた少量の血は、喉を焼き切るように熱く、また舌が痺れるような激しい痛みを伴った。
あまりの痛みと熱さと息苦しさとに、否応にも溢れ出た生理的な涙。
ドクンドクンと激しく脈打つ心臓の音が酷く耳にうるさくて、全身を巡る血がいっせいに煮え立つような熱い感覚に、酷い眩暈を覚えて立っていることすら出来なくなった。
けれどそんな反応もきっと想定の範囲内だったんだろう。
逃げ道を塞ぐように身体を押さえ付けられた腕の中、ただ身を捩るように泣くことしか出来なかったあたし。
だけど血の施しを受けなければ、このひとの元に…この神域には留まれない。
だから「我慢しろ」と何度も諭されたけど。
時に躊躇をさせてしまったけれど。
…ホントはそんなに嫌じゃなかった。
だってその腕に抱き寄せられて、くちびるを重ね合わせる行為自体はちっとも嫌じゃなかったから。
幼いながらにドキドキしたし、押し当てられる薄く冷たいくちびるを、心地良いとも思ってしまったから。
ずっとこの加護が続けばいいなと本当は、心の片隅で思ってた。
(そんな加護をこのひとが、他の女の子に施すなんて…)
その腕に強く抱き寄せて、くちびるを合わせ、血を含ませる。
それも一度や二度のことじゃない。
繰り返し繰り返し、何度もあたしの見知らぬところで。あたしの前で…。
考えただけで、胸が張り裂けそうになる。
気が狂ってしまいそう、と。
思うが早いか再び滲んでゆく視界。
熱い涙が次から次へと溢れ出てきて頬を濡らす。
こみ上げる嗚咽に息することすらままならなくなる。
「うっ…やだあ。やです、そんなの!あ…あの子に施しなんてしないでえっ!!」
うわあああああん!!と、大きな身体でみっともなくも泣き声を上げたあたしを目の当たりにして、大きく瞠った翡翠の瞳。
よもやあたしがこんな風に泣き叫ぶなんて思ってもみなかったんだろう。
…嗚呼きっと、驚かせてしまった。幻滅された。
みっともない。
情けない。
竜神様であるこのひと相手になんてことを言っているんだろう、と。
頭ではちゃんとわかっているのに、止まらない。
きっと呆れられたに違いない、と。
更に涙がこみ上げそうになったその時のことだ。
吐き出された、ひと際大きく深い溜息。
「――なら、最初から素直にそう言え。…あほ!」
意地悪にもそう言って。
けれどすぐにも抱き寄せられた。
ぎゅうぎゅうと狭い腕の中、かぷりと肩口に歯が立てられる。
痛みに声を上げる間もなく、噛み跡をぬめった舌に舐め上げられて、…ド阿呆と。
今度は幾分やわらかな声で詰られたから、感極まったあたしは思わず舌も回らぬままに「ごべんな゛さい」と。
縋るようにあのひとの薄い背中をぎゅうと抱き締め返していた。








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あきゅろす。
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