[携帯モード] [URL送信]
6.


突然のことに唖然呆然と言葉を失くしたあたしを他所にあのひとは、実に苦々しげに舌をひとつ打ち鳴らすと。
荒い手付きで以ってあたしを肩へと担ぎ上げ、そのまま足早に客間を後にした。
とどめる暇もないままに、向かった先は廊下の突き当たり。
寝所の襖を足で乱暴に開け放ったかと思うと、敷きっ放しになっていた布団へとそっとあたしを横たわらせて。
「…見せてみろ」
恐ろしく不機嫌な声でひと言告げたと思ったら、すぐさまあたしの浴衣の帯へと手を掛けた。
「わっ…!ちょ…とーしろーさまっ!?」
問答無用で帯を取られて、襟を掴むと同時に大きく前を開かれる。
今更羞恥に駆られるようなことはないものの、さすがに硬い手のひらが確かめるように肌へと触れたその瞬間は、ぶるりと背中が粟立った。
「っく、くすぐったいですう!」
「我慢しろ。つーか、傷の類はねえみたいだな」
果たしてあの子にいったい何をされたと思ったのか。
肩に触れ、腹に触れ。
乳房に触れてから、ゆっくり背中を撫で上げられる。
そもそもあの子に何かをされたわけでもなければ、傷を負うような真似をされてもいない。
無用な心配でしかないのだけれど、くんと鼻を鳴らしてあたしの肩口に鼻先を埋めた途端、僅かに眉を顰めてあのひとは。
…あの女の匂いが移ってやがる、と。
酷く忌々しげに口にした。
まるで吐き捨てるような物言いだった。
恐らくは、屋敷へと運び込むべく背負った際にでも匂いが移ったものと思われたから、恐る恐る言い訳のようにこれまでの経緯を説明するべく切り出したのだけれど。
話し終えると同時にぽかりと頭を小突かれた。
(痛あっ!)
「おっ…まえは、何でもかんでも勝手に拾ってくるんじゃねえっっ!!!」
「わ、酷い!だってまだ息があったんですよう!それに目の前に落っこちてきたらさすがに見殺しになんて出来ませんもんっ!!」
それにあたしだって、冬獅郎様があの時情けをかけて下さったから、今ここにこうして居られるんですもん!と。
だからあたしもあの子を放っておけなかったんですようと訴えたなら、苦虫を噛み潰したような顔をしたあのひとが。
それでもわしわしとあたしの頭を掻き撫でてくれる。
「わかった、もういい!そもそもここを留守にする際、神域の結界が甘くなってたことに気付かなかった俺にも落ち度はある。だからそれはもう不問にしてやる」
とりあえず、お前に何事もなかったみてえだしな、と。
嘆息をしたあのひとは、けれど「…但し」と言葉を続けた。
「あの女は目覚め次第、早々村へと戻す」
「…えっ?」
「当ったり前だ。だいたいこのままここに留まったところで、どうせ三日と生きられねえんだ。なら、さっさと記憶消して上に戻すより他ねえだろが」
何を今更とばかりに言うものだから、あたしの方こそ当惑をした。
「ええ…っと。あの、あたしの説明、聞いてました?」
改めて問い掛けるも、「は?」とばかりに更に眉を顰めるばかり。
(う〜ん、これは…相当ご機嫌斜めと見た)
「だから雨乞いにっつッてわざわざ滝に飛び込んで来たんだろ。…っとに、しょっちゅうしょっちゅう傍迷惑なヤツらだぜ」
ひとの縄張り荒らしてんじゃねえよ、と。
何やら不穏なことまで口走っているではないか。
「や、それ言われちゃうとあたしとしても、すっごい居た堪れない気持ちになるんですけれど…」
何しろあたしも『供物』として一方的にこの身を滝へと捧げた側の人間なのだ。
たまたま運良く息あるままにこの神域まで辿り着き、このひとに見つけてもらえて、あまつさえ助けてもらえたのだけど。
一歩間違えば他の人間達同様、ただ単に滝を汚すだけの――竜神様からしてみれば、迷惑極まりない存在となっていたやもしれないのである。
今すぐにでも消え入りたいような気持ちに駆られ、しょぼんと肩を落として項垂れたなら、
「バーカ。誰もお前までそうとは言っちゃねえよ」
と、尚のことわしわしと髪をくちゃくちゃにかき混ぜられた。
口調はかなり乱暴だけど。
髪…ぐちゃぐちゃにされちゃったけど。
あたしのことを迷惑だなんて思ってないと、はっきり言ってくれたのだった。
ホッと安堵するより先に、嬉しさでじんわりと熱る頬。
ついつい口元までもが緩んでしまったのは言うまでもない。
(良かった。少なくともあたし、冬獅郎様の邪魔にはなってなかったんだ!)









[*前へ][次へ#]

7/21ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!