[携帯モード] [URL送信]
僕らは悩み多きスイマーだ 1.

※『どうしようもない僕ら』のその前段階の2人なので、日乱要素は基本皆無と思って下さい。
また、当パラレルの松本の性格設定を理解出来ていない方は閲覧注意&スルー推奨です。
因みにコレ、春に子供の運動会を見に行った際、競技の合間にポチポチッと打っていたブツだったり(w;←ずっとアプのタイミングを迷っていたのですが、本誌がアレなソレになってる今ならまあそこそこ許されるかなあと(笑)
何でもネタにするヤツですんません…orz



「なんだかおばあちゃんの容態があんまり良くないみたいなのよ」

その日の朝、酷く申し訳なさげに母さんが言った。
「お義姉さんも昨日から実家の方に帰っててすぐには戻ってこれそうにないって言うから…」
ごめんね、ちょっとだけ母さん、おばあちゃんの病院に寄ってから学校に行くからね、と。頭を下げた母さんに、「別に、俺のことは気にしなくていいから」と、笑って告げて家を出た。
どうしても見に行くからと言って聞かない母さんに、別にいいよ、と。むしろ見られたくないから無理して来なくていいから、と。
「でも…」と、尚も心配そうに食い下がる母さんに、それこそ何度も「一人でも別に大丈夫だから」と言い置いてから家を出た。

…そう。
別に大したことじゃない。
そもそも俺は『運動会』なんてくだらねえ学校行事には端から興味がないのだし、それを誰かに見に来て欲しいとも思っちゃあいない。
だから母さんがばあちゃんの付き添いで急に病院に行かなきゃならなくなったってんなら、それはそれでちょうどいい。
否。
正直なところ、それは半分本心・半分虚勢ではあったのだけど、やはり容態の余り良くない祖母を蔑ろにしてまで足を運んでもらうほどのことでもないと思ったから。
一人でも別に大丈夫だ、と。
自分自身にそう言い聞かせながら、マンションのエントランスを出たその時のことだった。
コンビニの袋を下げた松本と、偶然にも鉢合わせてしまったのは。



「あれえ、冬獅郎じゃない!」
名前を呼ばれて、しまった、と。
思う間もなく満面に笑みを浮かべた松本が、ぴょこんと俺に抱きついてきた。
(つか、苦しい)
そして、重い。
押し当てられた豊満な胸。
あまったるいおんなの匂いが、むずむずと鼻腔を擽る。
とは云えこんな抱擁は俺に取っては今や日常茶飯事で、ゆえに普段であれば甘んじて受け入れもするのだが…さすがに今は場所が場所なだけに戸惑った。
「バッ…、やめろって、こんなとこで!」
幾ら土曜の早朝とは云え、全く人目がないわけじゃない。
(それに同じ学校に通うヤツらだって、このマンションには多少なりとも住んでいるのだ。そいつらやその親がいつ出てこないとも限らない)
そんなヤツらに見咎められるのは、色んな意味で厄介だった。
少なくともまだ小学生の餓鬼である俺よりも、明らかに年上で素行の余り宜しくない松本の方にこそ良くない『噂』が立つだろうことは目に見えている。
だから『拒絶』と受け取られない程度に軽く肩を押し戻し、距離を置いた。

普段であれば、俺が抵抗すればするほどに面白がって尚も抱きついてくる松本も、それなりに場を弁えていたのか、今日ばかりは存外あっさり俺から離れていった。
(それにしても…)
如何にも「寝起きです」と云わんばかりの、ボサボサの頭。
部屋着と思しきスウェットの上下にサンダルと云う、実に色気のねえ格好だ。

「で、どしたのよ今日は。こんな朝っぱらから」
「あー、見てわかんねえ?今からガッコウだよ、ガッコウ」
「へ…?てか、今日って確か土曜よねえ?」

なのに何で学校なんて行くのよう、と。不思議そうに小首を傾げた松本に、う・と一瞬言葉を詰まらせた後、「…運動会」と。
苦々しい思いで渋々バラせば…やっぱり噴き出しやがった、この野郎。
「てか、アンタが『運動会』って…似合わなっ!」
うぷぷと笑った松本を、ギロンとひと睨みしてからすれ違い様、「お前もう俺の部屋、今後一切出入り禁止な」と。
意地悪く告げれば慌てた様子で「うそ、やだ、ゴメン!」と半泣きで、再びぎゅうと抱きついてくる年上の癖に可愛い女。
どうやら今度はちょっと肩を押したぐらいじゃあ、そう簡単に離れそうもない。
(ホント、面白れえおんな)
こんな小学生の餓鬼相手に、いちいち振り回されてんじゃねえよ。
「冗談だ、馬鹿」
くつと笑って抱き付く腕を振り解き、「じゃあな」と松本に背を向ける。
別れ際、腕を伸ばしてポンと黄色い頭のてっぺんを「いいこいいこ」と撫でてやれば、ホッとしたように破顔して。
「またね」って、松本は俺に手を振った。


朝も早くから傍迷惑に、ポーン・ポンと盛大な音を立て、空へと上がってゆく運動会の開催を知らせる花火。
真白い煙が青空いっぱいに広がってゆく。
運動会なんて「今更だ」とも思うし、わざわざ土曜に学校行くのだって…正直面倒臭せえ。
オマケに今日は誰一人として見に来ることもないとわかっているから、更に憂鬱な気分にもなる。
それでも出掛けにこうして松本と会って話したことで、憂鬱な気分は僅かばかりだが浮上した。


*
*

まもなく雨季を迎える5月も終わり。
とは云え、照りつける太陽の陽射しはまるで真夏の晴天そのもので…暑さの苦手な俺は正直辟易してもいた。
くだらねえ。
つか、かったりィ。
滞りなく進んでゆく競技と応援。
青空の下、大音響で流れる軽快な音楽と熱狂する歓声。
入り混じる大勢の人のざわめきと…。
(やっぱ、くだらねえ。つか、かったりィ)
当然真面目に参加する気なんてある筈もなく、競技も応援も全てに於いて適当にサボっていたその時だった。
それは折しも今から6年生の『徒競走』と云う場面でのこと。
ガキと父兄とでごった返す応援席に、突如現れたふわっふわのド派手な金髪。
目を惹くミニ丈のワンピースの裾を翻し、運動場の待機場所で皆に混じって順番を待っていた俺に向かって朗らかに手を振る松本の姿を俺が見咎めたのは。
「とーしろー、がんばれー!」
…って。
(なんっっで、ここに居んだよ、アイツ!)
無論、俺は目を疑った。
つーか、むしろ愕然とした。
驚きの余り、ストップする思考。
真っ白に霞む頭の中。
「オ…オイ、日番谷。順番だぞ」
漸く我に返ったのは、後ろのヤツが焦ったように背をつついてきた時だった。
呆気に取られていた俺は、自分の順番が回ってきていたことにも気が付けなかったのだ。
(失態だ)

「位置について、」

ピストルを構えた教師の掛け声に、慌ててスタートの体勢を取る。
ちらりと真横の応援席を盗み見れば、期待でいっぱいの無邪気な笑顔のアイツがいる。
キラッキラに輝かせた目。
尚も「がんばれー!」って、俺に向けて手を振っている。
(ああ、糞。あんな顔されちゃあ、手…抜けねえだろが)
俺がチッと舌打ちをひとつ鳴らしたのと、ぱあん!とピストルが撃ち放たれたのは、ほぼ同時のことだった。
後はもう、無我夢中に全力疾走。
普段だったらまず見せることのない本気を出して、トラック半周余りを駆け抜ける。
当然ぶっちぎりの一位でゴールした。
おお〜!と云うどよめきが場内から湧き上がり、うっかり本気を出してしまったことを後悔したところで既に後の祭り。
「オイ。お前すげえな、日番谷!」
普段であれば先ず話もしないようなヤツらからも散々声をかけられ冷やかされしたのち漸く6年の競技が終わり、ぐったりと自席に戻ったところで今度は興奮した松本が抱き付いてきた。
「とーしろお!!」
「どわっ…!!」
頭を抱え込まれて、胸の谷間に押し付けられる。
際どいラインで露になった胸元に、どうしたって顔を埋める格好になってしまい当然の如く俺は慌てた。

「スッゴいじゃない、とーしろー!やだ、めちゃくちゃカッコ良かったわよーう!」
「ちょっ…ちょっと待て、松本!」

だが、待てと言って止まれるような女じゃない。
ばかりか、そのまま地面に押し倒された。
それも、クラスメイトから下級生から、来校している父兄から教師の見ているその目の前で。
視線が集中していることには当然気付いていた。
(つってもこの馬鹿のことだ。どうせまるで気付いちゃいないのだろう)
いやまあ…これしきのこと、俺自身既に慣れっこの事態ではあったのだが、幾らなんでも…些か場所に問題アリだろ。
「ひ…日番谷…?!」
大丈夫かと慌てて駆け寄る担任教師を片手で制し、「すんません、(近所の)姉ちゃんなんで…」と、敢えて『近所の、』は省いて誤魔化し、抱きかかえるようにして松本を起こす。
それから乱れて捲れ上がったワンピースの裾をさりげなく直した。
(うっかり下着が見える寸前だった。阿呆だろ、コイツは)
「あ。ありがと、とーしろ」
暢気に礼を言う松本に、今更怒りの言葉など出てこない。
「…お前、マジで俺ンち出入り禁止にするぞ」
嘆息混じりに小声で脅しをかました俺に、「酷い!わざわざ応援に来てあげたのに」って。
膨れっ面で抗議する松本は、だが確か今日は『男』とデートだとかって昨日会った時に抜かしてなかったか?
それとも待ち合わせ時間までの暇潰しのつもりか何かで、たまたまふらりと立ち寄っただけなのだろうか?とも、思ったのだが…結局松本は、午前の部の競技を全て終えても帰ろうとはしなかった。
来校した大勢の父兄の中。
一人、一種異様な空気を放ったまま、俺の傍らから離れることはなかったのだ。








[*前へ][次へ#]

16/28ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!