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5.


「松本っ!!」

突如耳を劈いたあのひとの声。
広い屋敷中へと響き渡ったかと思うより先に、包み込まれていた。
顔色を変えたあのひとの狭い腕の中。
「とー…しろ、さま…?」
どうしてここに、と。
口にするより先に、一瞬大きく瞠った翡翠の瞳で、「どうした!?いったい何があった!!」と、畳み掛けるように問い質された。
「えっ…、あの…」
どうしたも、何も。
いったい何があったも、何も。
それ、むしろあたしが聞きたい台詞です。
だって貴方、明日の夜まで戻らないんじゃあなかったんですか?
それも隣国の山深くまで出かけておいて、なんっで今こんなところに居るんですか?
わけもわからず言葉に詰まるあたしに、更にぎゅうと寄せられた眉間の皺。
「ンなもん、俺の神通力を使って結界張ってんだ。異変がありゃあすぐにわかる」
だからすぐにもすっ飛んできたのだ、と。
明かされて合点はいったが、最早それどころの事態じゃない。
耳元付近でギリリと奥歯を噛み締めたような音がして、ゾクリと背中が不意に粟立った。
…怒っている。苛立っている。
それも、恐ろしいまでに。
その証拠に、頬には竜の鱗のようなひび割れが、薄っすら浮かび上がってきている。
ギラギラと燃え上がるように濃度を増した翡翠の瞳に射竦められて、言いようの無い怖気が突如湧き上がる。
(怒らせた?)
(それとも機嫌を損ねてしまった?)
傍に在って数十年と経つけれど、こんなにも激昂した様を目にするのは初めてのことだった。
まだ幼い子どもの見目をしているこのひとよりも、今はもう随分と大きな身体になったあたし。
けれどやはり、それは外見だけの話であって、あたしの『中身』は遠くこのひとに及ばない。
見目に反してあたしはまだまだちっぽけな存在でしかないのだと思い知らされたような気がして、酷く嬉しい。けれど、悲しい。
…お前はまるで器ばかりがデカくなった子どもみたいだ、と。
いつか笑って口にした、あのひとの言葉がふと脳裏へと蘇る。
(別に好きでこんなに大きくなったわけじゃないのに)
本当は、まだまだ貴方に釣り合うあの頃のまま…小さな子どものままで居たかったのに、と。
決して口には出せなかった悔恨の念すら思い出し、大粒の涙がひと粒、ほろりと頬を伝った瞬間、あのひとの怒りが爆発をした。


「テメエ…!人間のおんな、お前コイツに何しやがった!?」


――けれど、その怒りの矛先が向けられたのは、予想外にもあたし…ではなく。
あたしの助けた人間の娘に対してだったから驚いた。
けれどそれ以上に驚いただろうあの娘は、「ひぃっ!」と喉を絞って悲鳴を上げた。
恐らくは、ショックの余り再び気を失ってしまったのだろう。
そのまま頽れるように夜具の上へと倒れこんでしまったから。








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あきゅろす。
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