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4.


聞けば地上では、およそ二十年ぶりに酷い旱魃に見舞われていて、嘗てのように竜神様へと雨乞いをすることになったらしい。
…まるで嘗てのあたしそのものだ。
手始めに動物の遺骸を池へと放り込み、それでも雨が降らなかったから、生きた『供物』を竜神様へと捧げた。
捧げられた供物があたしだった。
彼女も村から選ばれた、あたしとおんなじ人身御供だったのだ。
だけどひとつだけ、あたしとこの子じゃ決定的に違っていたことがある。
着の身着のまま小屋から引っ張りだされ、引き摺られるようにして滝の傍まで運ばれた。
『供物』として滝に放り投げられたあたしと違い、彼女は『花嫁』として選ばれた。
花嫁らしく身なりも美しく、化粧までもが施されている。
まさしくその身を竜神様へと捧げられたのだ。
ゆえに、恐らくきっと…命を落とすことなくこの『神域』まで辿り着いたに違いないと思われた。
(だってあたしが身を投じた後も、何人ものひとがこの滝へと身を投じていた筈だもの)
何しろこれまであたしが成長するたび繕い直して着た着物は、全て滝つぼからこの神域へと流れてきた着物だったのだ。
この二十余年、そう云ったものは幾らもここまで流れてきた。
着物の他にも、時折可愛い櫛やら簪やらが流れてきたこともあったから、日常着るものには事欠かなかった。
それにあのひとは酷く不快気に眉を顰めたし、そんな死人の着物を好んで着るくことはないとあたしを諌めもしたのだけれど。
着る物ぐらい幾らも俺が新調してやると、いつだって言ってくれていたのだけれど。
所詮『供物』でしかないあたしにそんな気遣いは不要だと思ったから、丁重にお断りをさせて頂いた。
即ち時折流れ着く着物の数だけ、この滝つぼで命を落としたひとがいると云うことだ。
けれどあたしが知り得る限り、この神域まで生きて辿り着いた人間は、あたし以外誰ひとりとして居なかった筈だ。
…なのにこの子は辿り着いた。
(ああ、そうか。この服は花嫁衣裳だったんだわ)
水を吸ってすっかり重くなっていた上等な着物。
さすがに脱がせて、今は襦袢一枚と云うありさまだけど、あたしのような『供物』ではなく花嫁として、この娘はあの滝に身を投じたのだ、と。
だから恐らくこの神域まで辿り着くことが出来たに違いない、と。
確信を得て恐ろしくなった。
(だってやさしいひとだもの)
供物でしかないあたしにですら、願いを聞き入れ加護を授けて下さったのだ。
ならば、この子が自身の花嫁となるべくあの滝に身を投じたと知った日には、きっとあたしと同じように、この子にも加護を授けるに違いない。
そうしてきっと花嫁として、この神域へと迎え入れることになるだろう。
(だってお似合いなんだもの)
あのひとの背をとうの昔に追い抜いてしまった、大人の身体に変化を来たして久しいあたしとは違う、少女特有の華奢な身体。
あのひとと殆ど変わらない目線。
きっとお似合いの夫婦になるだろうと、あたしの目にも映ったから。
…でも、そうなったら最後。
あたしなんて、きっと不要になってしまう。
あのひとひとりの身の周りの世話ぐらいなら、花嫁となったこの子ひとりで事足りる。
あたしの出る幕なんて無くなる筈だ。
そう思っては青ざめた。
(もしそうなったら、これからどこへ行けばいい?)
こんな髪と目の色じゃあもうきっと、地上で暮らせる筈もない。
となれば別の竜神様へと加護を頼んで置いてもらう?
あのひと以外の神へと仕えるより他ないのかしらと思ったら、けれど何でか胸が痛んだ。
離れたくないなと思ってしまった。
あのひとの傍を離れて、あのひと以外の加護をこの身に受けて仕えることが、酷く辛いことのように思えたのだ。
(ああ、そうか。あたし、あのひとの傍に居たいんだ)
他の誰でもない、あのひとの傍でお仕えしたいと願ってるんだ。
――生まれて初めて、あたしにやさしく手を差し伸べてくれたひと。
疎まれるばかりの髪色を、目の色を、綺麗だ…と。
初めて褒めてくれたひと。
(ああ、そうか。あたし、あのひとのことが、好き…なんだ)
いつからか・なんてわからないけれど、恐れ多くも敬う以上に恋慕っていたらしい。
死ぬまでお傍に居たいと思うほどには。
あのひとにお似合いの花嫁の少女を見て、こうも悋気を起こしてしまうぐらいには…。
「あ、あの…いかがされました?」
不意に困惑気味に問い掛けられて、漸く気付くに至った。
あのひとの花嫁であると告げた少女を前にして、知らず内にぼろぼろと大粒の涙を零していたことに。
こうも視界が滲んでいたことに。
「っな、なんでもないの。ごめ…ごめんなさいっ」
慌てて袂で涙を拭うも、どうあっても止まらない涙とこみ上げる嗚咽。
堪えようもなく喉を絞ってヒッと息を吸う。
吐き出すこともままならなくて、息苦しさにまた涙が滲む。
胸が痛くて、どうにも苦しくて。
もがくようにあたしの身体が崩れ落ちかけたその時のことだ。









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