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12.


それからと云うもの、俺と松本は時折2人で庭を散歩するようになっていた。
尤も。
松本の余りのしつこさに俺が根負けしたのであって、自ら望んで外に出ているわけではない。
例えばそれは、天気の良い昼下がり。
2人。
手を繋ぎ、ほんの僅かの会話を交わしながら、庭を歩く。
時間にすれば、およそ1,2時間のことだろう。
だが。
少しずつ様を変える木々や花壇を眺め、心地良い風とあたたかな午後の陽射しを浴びながら、松本と過ごすこの穏やかな時間に、確かに俺は癒されていたし満たされてもいた。



*
*

「こんにちは、冬獅郎様。乱菊様」
不意に声を掛けられ、振り向いた先。
真っ黒に日に焼け、腕と膝と指先とを土で汚した男が4人、揃って俺と松本に頭を下げていた。
「あら、こんにちは。今日も精が出るわね、アンタ達」
朗らかに笑って労いの言葉を掛けた松本に、その場に居た全員が顔をくしゃくしゃに綻ばせて笑いかけた。
ここに居る男達は皆、この屋敷の草木の手入れをする庭師だった。



まだ、俺と松本が庭の散歩を始めたばかりの頃は、突如姿を現した俺達に驚き誰もが敬遠していたのだが…。

「こんにちは!」
「精が出るわね」
「あら、綺麗な花ねえ」
「今度は何を植えるの?」

と。
顔を合わせる度に松本がしつこく声を掛けていたせいか、少しずつではあったが、俺達に打ち解けてくれるようになったのだった。



土と泥にまみれた汚れた指先、真っ黒な顔。
この庭の為に働く男達…。
これから花を植え替えるのだと云う彼らに「そうか。楽しみにしているぞ」と。
まだ、何の花も植えられていない花壇を見やってボソリと呟いた。
けれど、声は届いていたのだろう。
「ありがとうございます」
嬉しそうにそう言って。
頭を下げて作業に戻っていく彼らの背中を見送りながら、俺は2ヶ月前のある出来事を思い出していた。




*
*

遡る事、2ヶ月前。
それは俺が高熱を出し、数日寝込んだその翌日のことだった。
窓際でぼんやりと庭を眺めていた俺に気付いた庭師の1人が、花を一輪くれたのだ。
「お見舞いです」と、花壇の花を切花にして。
…正直、驚いた。
こんなことは初めてだった。
松本以外の屋敷の者から、声を掛けられる、労わられる、花を貰う。
その、どれも初めてのことだったから、本当に…驚いたのだ。
(疎まれているものとばかり思っていたのに…)
少しずつ打ち解けてくれるようになったとは云え、俺は彼らと特別親しくしていたわけじゃない。
むしろ、屋敷の主人の息子だからと皆気を遣って声をかけてくれているだけなのだろうと思ってもいた。
だから…。
「すまない」と。
呆然と口にした俺に、突如背後から姿を現した松本が、笑いながら「違いますよ」と窘めた。
「冬獅郎さん。そういう時は、ありがとう、って言うんですよ」と。
松本に教えられて、ああそうか、と初めて俺は気がついた。
俺はそんなことさえも知らなかったのか、と。
この日、俺は初めて自分の『無知』を思い知らされた。
それから松本に促され、戸惑いながらも「ありがとう…」と。
たどたどしく礼を述べた俺に、庭師の男は照れたように笑いかけてくれたのだった。



それでは私はこれでと、頭を下げて庭師が立ち去って行く姿を俺は窓からずっと見送って。
手にした花に目を落とした。
「綺麗ですね」
背後から覗き込む松本をちらと仰いで、それから花を手渡した。
「悪いが活けておいてくれるか」と。
俺から受け取った花を眺めて良かったですね、と何故か松本が嬉しそうに微笑んでいた。
そして、その日以来。
庭師の誰もが庭で俺を見かけても、他の使用人達のようにあからさまに眉を顰めたりはしなくなった。
そればかりか、顔を合わせれば「こんにちは」と声をかけてくれたし、笑いかけてくれた。
厭うことなく、俺を受け入れてくれるようになったのだった。
驚く俺に松本は、やっぱり嬉しそうに微笑みかけただけだった。
尤も。
これが全て松本のおかげなのだと俺が気付くのは、ずいぶん後になってからのことだったけれど…。






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