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8.


「お前は俺を憎んでないのか?」

激しいくちづけの合間に問い掛けられて、咄嗟意味を図りかねた。
下唇をやわと噛んで、ゆると離れてゆく薄いくちびる。急速に失われる熱。
くちづけの余韻も他所に、尚もあの人は畳み掛けるようにあたしに問い掛けた。


「こんな餓鬼の元へと無理矢理嫁がされたことを恨んでねえのか?」と。
「添い遂げることを後悔しねえのか?」と。
「自由に…なりたくねえのか?」と。



自由に…。
そう問い掛けた、あのひとの真摯な眼差しこそ、酷く痛みを堪えるように歪んで見えて。
あたしは一瞬、言葉に詰まった。
自由に。
なれるものならば。
確かに。
『自由』になりたいと、ずっとあたしは願っていた。


だけど、もう。
既にあたしの目の前には『レール』が敷かれていた。
自ら逃げ出すことも、途中下車も許されないレールが…。
好きな男に手酷く裏切られ、家の為にと身売りさせられ、うんと年下の身体の弱い子供の元に嫁ぐことになって、屋敷の中に閉じ込められて…周りにあるのは好奇の目ばかり。
味方なんて、どこにも居なくて寂しくて…絶望したのは何も貴方だけじゃない、あたしも一緒だったのだ。
だけどね、それでも。
こうして一緒に居る内に、寄り添うもう一本の『レール』が貴方であるならば、共に生きるのも悪くないって思ったの。



だからあたしは首を振って否定した。
「一緒ですよ」と。
自由であろうと、なかろうと。
あたしは何も変わることはない。
今更形ばかりの『自由』を得たところで、望む未来など…もう、何もないのだから。
それが『愛』であろうとなかろうと。

「何処にも行きません。あたしはずっと…冬獅郎さんの傍に居ますから」

そう言って。
にっこりと笑ったあたしに、ぱちくりと目を瞬かせて、絶句する貴方。
ああ、でも勘違いだけはしないで欲しい。
ずっと貴方の傍に居る。その気持ちに嘘はない、けれど。
何もあたしは、貴方の『未来の可能性』までもを拘束したいわけではないのだ。
出来れば幸せになって欲しいと願っている。
貴方が幼い頃から抱き続けてきたと云う可愛らしい従姉の少女への淡い初恋を、諦めることなく叶えて欲しいとあたしは願っているのだ。




*
*

「勿論、冬獅郎さんに素敵な恋人が出来たら話は別ですよ。その時は駄々捏ねずに大人しく出て行きますから、どうぞご安心下さいな」
遠まわしに『離縁』の可能性をも匂わせて、茶目っ気たっぷりにうふふと笑ったあたしに、だけど眉根を寄せたあの人は「嫌味か、それは」と不貞腐れたように口を尖らせ言った。
ちょっとだけ、意外だった。
だから。


「嫌味、なんかじゃ、ないですよ?」
そう、苦笑混じりに否定してみるも。
「あのなあ…。こんなとこに閉じ込められてて、何処でどうやって他に女作れってんだよ」
と、彼の態度は相変わらずだ。
「…でも、冬獅郎さんには雛森のお嬢さんがいるじゃないですか」
躊躇いながらもその名を口にしたあたしに、だけどあのひとは、「馬鹿言え」と。
「雛森はお前との結婚を心から祝福してくれてんだ、今更俺とどうにかなんてならねえよ」と。
「それに俺も…アイツとどうこうなりてえなんて思ってねえよ、もう」と。
目を伏せ、諦念を浮かべて言ったのだった。


でも、それはうそだと思った。
ずっと…ずっと好きだった癖に。
あの子への想いをそんなに簡単に諦めてしまえる筈がないでしょう、とあたしは思っていた。
だから、驚いた。
くしゃりと銀色の髪を掻きあげて、目を伏せ嘆息をした少年が。
「お前には言ってなかったけどな、雛森には、もう…居るんだ。ちゃんと、夫になるべき男が」
と。
今にも消え入りそうな声で告げたのだから。






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あきゅろす。
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