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8.


屋敷へと帰って、何もなかったことにしてしまおうか。
今となってはどうせ、厄介者でしかないんだもの。
むしろ王様の側近連中始め、議会もこの城の誰もが皆、早々あたしに正妃候補の座を降りて欲しいと思っているに違いないもの。
手薬煉引いて、その日を待ち侘びているんだもの。
だったらいざあたしが実家に戻りたいと言い出したところで、今更引き止められるようなこともあるまい。
むしろ、遅いぐらいだ…と。
嬉々として家へと送り出してくれることだろう。
そうして家へと戻って、婚約のことも離宮での生活も、何もかもをあたしの中で無かったことにして。
王様と『神の娘』の婚儀を見届けてから、あたしも新たな道を歩もうかしら。
ああでも『元・正妃候補』の令嬢なんて大きなレッテルを貼られてる女、果たして妻にと望んでくれるひとなんて、居るのかしらこの国に。
それも、もう間もなく二十二になるそこそこ年増とあっては、嫁の貰い手もなかったりする?
(況してや生娘でもないわけですし?)
こんなあたしに価値なんてもの、あるのかしら。
ああでもこればっかりはしょうがないわよね。
だってずっとおーさまと結婚するものと思ってたんだもの。
婚前交渉・なんて…況してや相手がまだ成人前の子どもとあらば、当然躊躇もしましたけども。
仮にも王様相手に…況してや将来夫となるべく相手に「どうしても」と乞われれば、そりゃあ抗いきれませんとも!
十四なんてお年頃も真っ盛りだし、大方興味本位なんだろうなと思いつつ、いずれは夫になるひとだからと強請られるままに閨を共にもしてきましたけど!
よもやまさかのここに来ての伏兵登場に婚約解消の危機と、思いも寄らない事態がこうも立て続きに起きてしまったのだからしょうがない。
実に致し方のないことだと思うのだけど…。
「王様のお手つきになった女なんて、やっぱり厄介でしかないのかしら。嫁の貰い手もなくなるかしら」
はああ…と溜息混じりに漏らした途端、バサバサッと盛大に物を落としたような音がした。
「…七緒う?」
なあに、どしたのと思って振り向けば、脱ぎ散らかしたドレスや下着やらを腕から取り落としたと思しき七緒が、唖然呆然とあたしを凝視しているではないか。
(てゆーか、この子のこんな間抜け顔、目にするのって初めてじゃない?)
離宮へと召し上げられてから今日までずっと、あたしの身の回りの世話を一手に担って来てくれた七緒は、正にクールビューティー。
実は侯爵家令嬢で、行儀見習いを兼ねて王宮に奉公しているらしい。
将来的には王様の従兄弟でもある京楽公爵家に嫁ぐ身であることから、今回あたし付きの侍女にと抜擢したのだ、と。
以前王様自ら教えてくれた。
「なかなか手厳しいところはあるが、ああ見えて結構世話好きだからな、伊勢は。お前とも気が合うと思うぞ」
何れ縁戚付き合いをすることになるご令嬢を侍女になんて、幾らなんでも申し訳が立たない、と。
困惑するあたしに「気にするな」と。
「伊勢ならお前のいい話し相手になるんじゃねえかと思っただけだ」と。
今となってはこの王宮で、唯一無二の親友とも呼べる七緒をあたしへと引き合わせてくれたのも、今考えればあのひとだったなとふと思う。
…ああ、そうか。
あのひとなりにあたしのこと、あの頃は案じて下さっていたのよね、と。
思って再びツキリと鋭い痛みが胸へと走ったところで七緒が、これ見よがしに「…っはああああ」と。
実に深〜い溜息を吐いた。
それも、…バカバカしい、と。
心底呆れたような口振りで以って。
「嫁の貰い手も何も、既にこの国の王に嫁ぐことが決まっているんですから、不必要な心配でしょう。況してやそのような不用意な発言、万が一にもあの方の耳に入れば怒りを買うだけです」
と、にべもない。
「幾ら冗談でも言っていいことと悪いことがあります。そのような発言はくれぐれも自重して下さいね、乱菊さん」
存外厳しく叱責されて、思わず反論の機を失った。
怯んだ隙に、「さあさあくだらないことを言ってないで、さっさとお食事にして下さい!」と居室に追いやられ、早々に会話を打ち切られてしまったのである。
ゆえに、すぐには気付けなかった。
寝所からひとつ、『あるべき物』が消えてなくなっていたことに。
ひとり寝所に残った七緒が、酷く苦々しげな口振りで以って、
「王様もお気の毒だこと」
溜息混じりにそっと零したことさえも。










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あきゅろす。
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