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5.

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ぱちくり、と。
瞬いた先、先ず真っ先にあたしの視界へと飛び込んできたのは、やわらかなあのひとの銀糸だった。
それから形の良い右の耳。
スッと鼻筋の通った横顔に、また。ぱちくりと瞬きをする。
「…ええっと、おー…さま?」
「目え覚めたか」
ちらと横目にあたしを見止める翡翠の瞳。
寝台に横たわるあたしの傍ら、寄り添うように腹ばいになって寝そべって。
左手で頬杖を突きながら、あのひとは黙々と本を読んでいるようだった。
暫し呆けたように王様の顔を眺めてから、ぐるりと視線を巡らせる。
部屋の中はまだ明るく、窓から射し込む光は極温かい。
(ああそうだ、確かお昼ご飯を食べてすぐに長椅子で本を読んでいて…)
やわらかな午後の日差しに少しばかり、うとうととしたことは微かに憶えているから、どうやらそのまま眠ってしまったらしい。
(いやでもここって寝所よね?長椅子じゃなくて寝台の上よね??)
自力で歩いた…記憶は無い。
だとしたら、誰が?
てゆーか、なんっでこんな時間にあたしの部屋に居るのよ、王様がっ!!
我に返って慌てて上体を起こしながら、今尚寝台に寝そべる王様に向き直る。
…うん、こっちは夢じゃない。
「ええっと、おーさま。どうしてここに?」
「仕事がひと段落ついたからな」
息抜きに来た、と。
さらりと返され、また目を瞬く。
「したらお前、長椅子でぐーすか寝こけてんじゃねえか。ゆすっても叩いても起きねえって伊勢がめちゃくちゃ困ってたぞ」
「…はぁ」
ああそういえば、ここ最近あんまり思い詰め過ぎていて、夜もあんまり眠れてなかったのよねえ。
その反動で、どうやら爆睡に至ったらしいと思われる。
「ンで、仕方ねえから俺がここまで運んでやった」
「あ…アリガトウゴザイマス」
「ん」
微かに言って、頷いてから。
ゆるりと面を上げて、あたしを見据える。手を伸ばす。
結い上げることなく下ろしていたあたしの髪を、ひと房捕らえて、軽く引く。
反動で、ぐらりと身体が傾くと同時に軽くくちびるにくちづけられて、瞬時に頬へと朱が走る。
「礼ならこれでいい」
尊大に言って、くつと弧を描く薄いくちびる。
ああ、紅が付いちまったなと、ぺろりと舐め取る赤い舌。
およそ子どもらしくないそんな仕種は、いつまで経っても見慣れることはない。
「オイ。顔、赤っけえぞ」
「っだ、誰のせいだと思ってんですかあ!」
くちびるを尖らせツンと澄ましてそっぽを向けば、くつくつと喉を鳴らしてひとの悪い笑みを浮かべる。
ンな拗ねんな、と。
伸ばした腕で、わしゃりと髪をかき撫ぜられる。
そんなやり取りもいつものこと。
まるで空白のひと月を感じさせない変わらぬ態度に戸惑いながらも、おとないがあればやっぱり嬉しい。
心は弾む。
ついつい期待をしてしまう。
『神の娘』ではなくて、あたしを妻にと望んでくれているのだ、と。
実しやかに王宮内で囁かれている『噂』は噂に過ぎないのだ、と。
だからどうかその口で、はっきりあたしに伝えて欲しい。
その為にこうして部屋へと訪れたのだ、と。
信じてそっと伸ばした腕。
ぎゅうと抱き着いて、くちづけを乞うて。
今再び与えられたぬくもりの余韻に浸る耳へと、そっと囁き返された言葉。


「目え覚めたんならちょうどいい。少し息抜きに付き合え」








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あきゅろす。
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