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7.


そのまま二人、身動ぎもせず対峙して。
やがて、ぐらりと前に傾く身体に、ハッと息を呑む。
目にした瞬間、あたしは受話器を投げ出し駆け出していた。
慌ててあのひとに駆け寄って、よろめく身体を受け止めた。
けれど持ち堪えることは出来なくて…そのまま二人、ぽすんと傍らのソファへと倒れ込んだ。
「あっ、つ…!」
倒れる際、肘掛部分にしたたかに背中を打ち付けて、あたしは小さな悲鳴を上げた。
「大丈夫か!?」
背中を打ったあたしに気が付き、慌てて覗き込んで来た大きな翡翠に「平気ですよ」と微笑み返して、あたしはホウッと安堵する。
…良かった。
(このひとを下敷きにしてしまわなくて良かった)
「冬獅郎さんに何事もなくて安心しました」
へらりと笑ったあたしに瞠目をして。
小さく、ひとつ。
溜息を吐いた少年は、それから血の乾いた手でゆるりとあたしの髪を撫でた。
「バカヤロウ」と。


それは随分な言い種だったのだけど、声には多分の甘さが含まれていたから、あたしはすぐ目の前にあるその薄い胸板にすりと頬を寄せていた。
シャツ越しに感じる体温と、規則的に動く心臓の音に安心する。
しがみ付き、頬を寄せた服からは、薬品のような匂いがした。


*
*

やがて、優しく髪を梳く指先が止まり、鉄さびのような血の匂いが鼻腔に充満した。

「…まつもと」

不意に耳元近くで名前を呼ばれて、俯けていた顔をゆるりと起こす。
極…間近には、碧く揺らぐあのひとの瞳が、瞬きもせず、あたしのことを見据えていた。

まつもと、と。

もう一度。
あたしの名前を呼んで。
近付く、くちびる。


よりいっそう濃くなる血の匂いに、一瞬噎せ返りそうになる。
だけど逃げ出すことは躊躇われた。
だからそのまま目を閉じて。
為されるがままに、近付くくちびるをあたしは受け止めた。


熱を感じさせない、薄いくちびる。
触れてすぐ、離れていくのだと思われたそれは、けれど深く…尚いっそう強く押し当てられて。
苦しさに僅かに喘いだその瞬間、唐突に鋭利な舌がするりと口内に入り込んできて、心臓が跳ねた。
充満する、濃厚な血の匂い。
初めて与えられた少年からの深いくちづけに、眩暈がした。



*
*

触れたのは、衝動以外の何ものでもない。
倒れる寸前。
その、白い胸元に俺を抱き寄せ、背中からソファへと倒れこんだ女は…俺に怪我がなくて良かった、と。
泣きそうな顔で微笑んだから…だから。
込み上げる熱い衝動のままにその髪に触れ、縋りついた女のやわとしたくちびるを、本能のままに強引に…奪った。


一方的な血なまぐさいくちづけを受けながら、それでも腕の中の女は拒絶の意思を示さない。
ばかりか、俺の胸に身を委ね、絡めた舌の動きにさえも従順に応えたのだから、どこまでも馬鹿な女だと思う。


(好きじゃねえんだろ?俺のことなんか)
(他に…好きな男が居たんだろう?)


突き放せばいいのだ、こんな俺のことなんて。
このまま放っておけば、呆気なく命を落とすだろう。
見捨てたところで、咎めるものも居ない筈、だ。
(そうすればお前は、すぐにでも『自由の身』になれるだろう)
でも、この女は決してそうしねえ。
(何故だ?)



ひときわ強く、そのやわらかな唇を吸い上げる。
鼻に掛かったような甘い声を上げ、しがみ付く女の指先に更に力が篭った。
細い手首。
長く、白い指先が、僅かに開いた視界を掠めた。
両手は俺を捕らえたまま…逃げる素振りは、やはり無い。
好きでもねえ餓鬼の言いなりになり、心を殺して俺に仕え従う女を、今再び…心の底から「馬鹿だ」と思った。






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