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2.


なんたることだ。
由々しき自体だ。
(だって『神の娘』の降臨なのよ!?)
昔話や伝承、絵本の中で馴染みあるお姫様ではあったけれども、よもや現実にこの目で確かめる日が来るなんて思わなかった。
だけどそれ以上に焦ったのは、今のあたしの『立場』にあった。
言っちゃ悪いけど今のあたしは、嘗て憧れすり切れる程に読み耽った、あの絵本の中の…寄りにもよって『隣国のお姫様』の立ち居地なのだ!
…そう、婚約者である王子様と日に日に仲良くなってゆく『神の娘』に嫉妬して、意地悪と嫌がらせとを繰り返したあのお姫様と全く同じ立場なのだ!
そりゃあいい気はしませんともっ!
てゆーか、今更ながらに焦りますともっ!!
だって今国中は、神の娘の再来に、湧きに湧きまくっている。
当然あの有名な伝承通り、神の娘と若き王様が恋に落ちるものと信じている。思い込んでいる!
そんなロマンスを誰しも期待しているのだ。
(いや、うん…気持ちはわかりますけどね?!)
きっとあたしも部外者だったら今頃は、人ごとゆえにそんな展開を夢見ていたに違いない。
だけど残念なことにあたしは正にその当事者で、しかももう間もなく王様と婚姻の儀を執り行うことまで決まっているのだ。
そりゃあ参りますとも、困り果てますとも!
何を今更、と。
勝手なことを…!と、憤りもしますともっ!
だけどそれ以上にあたしを追い詰めたのは、そんな期待感溢れる空気が民衆達の間だけでなく、上位貴族や議会の中でも広がりつつあると云う『現実』だった。
どうやら王様を取り巻く側近達から大臣達まで皆一様に、件の伝承に則って、国の発展と繁栄の為にも神の娘を正妃に迎えるべきだと王様相手に意見しているらしいことが知れたのだから洒落にならない。
とゆーか、幾らなんでも分が悪過ぎる!!
(うああああ、どうしよう…)
婚姻の儀を前に、多少の横槍が入るだろうことは覚悟してたけど、こんな事態はさすがに想定の範囲外だ。
だいたい後半年余りで婚姻の儀を迎えるところだったと云うのに、なんっっでこのタイミングでやって来ちゃうかな、異界から!
(泣いてもいい?いいよね、あたし!)
…否、あくまで『神の娘』は神の意思によりこの国へと呼び寄せられただけであって、彼女自ら望んでやって来たわけじゃない。
だからね、ここで『神の娘』を責めるのはお門違いってことは、うん…わかってるのよ!わかってるんだけど…!!
それでもついつい恨み言のひとつやふたつも零したくなる。
(だって、すっごいお似合いなんだものっ!)
この国の成人年齢である十六歳を間もなく迎える王様よりも、ひとつ年下と云う年回りはもちろんのこと、その若さゆえの愛らしさ、まっすぐ伸びた黒い髪と黒い瞳。
華奢で小柄な身体つきといい、見るからに愛らしい小動物を連想させるその様は、まだ少し幼さの残る王様と並んで遜色ない。
少なくとも、王様よりも(現時点で)六つも年嵩、女にしては大柄過ぎる身長に、見目も華やかな金髪碧眼。
ある意味悪目立ちする派手な造りの顔立ちに、事あるごとに肉感的と称されるタイプのあたしなんかより、それこそ何十倍もお似合いだろう。
(だいたい男なんてイキモノは、往々にして煌びやか過ぎる女よりも、少しぐらい物静かで清楚な女を本命にと望む傾向にあるって言うし?)
後はやっぱり年回り?
誰だって五つも年嵩の半ば薹の立った女よりも、今正に娘盛り真っ只中の、ひとつ年下の若い女を選んで当然だろう。
――それが王国に富をもたらすとされる伝説の『神の娘』であれば尚更だ。
そもそも王様より五つも年上のあたしが正妃候補としてあのひとと婚約したのだって、元はと言えばただ単に、あたしが前宰相の娘だったからに他ならない。
その権力を以ってして、他のお妃候補を退けた挙句、無理矢理のようにあたしを宛がったのだ。あの父は。
つまりは完っっ全に権力狙いの政略結婚。
しかも形振り構わずのかなり強引な婚約成立だったから、当然周囲の不満は大きく、火種は今もあちらこちらで燻っていると云う有様だった。
そんな中、伝承に謳われる『神の娘』が現れたならどうなるか、なんて言わずもがな。
あたしの失脚を狙い、あちらこちらで色めき立たない筈もない。
老害となって久しい前宰相の娘なんぞを王妃に据えるよりも、過去の記録と伝承に副って『神の娘』と結ばれるべきだと声を上げるものが出ない筈がないのである。
(何しろ絵本のふたりだけでなく、『神の娘』として降臨した少女達はその殆どが時の王と恋に落ち、そもまま王妃となっているようなのだ)
正直、気持ちはわからないでもない。
おかげであたしはすっかり四面楚歌。
王様が十五の誕生日を迎える直前に、正式な正妃候補としてお城の離宮に召し上げられているのだけれど。
『神の娘』が現れて以降、日に日にあたしの肩身は狭くなるばかり。
何しろ追い打ちをかけるかのように、『神の娘』が現れてからこっち、王様のおとないはパタリと途絶えてしまったのだ。
とは云え、『神の娘』が降臨して以来、王宮はてんやわんやの大騒ぎだったし、そもそも常日頃から仕事に追われているひとだもの。
単に政務で忙しくしているだけだろうと思って鷹揚に構えてはいたものの、離宮で偶然にも耳にしてしまった噂。
何でも王様は、日中のその殆どを『神の娘』と過ごすことに費やしていると云うではないか!
(うわああああああ!!)








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あきゅろす。
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