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13.


「しょうがねえだろ。あんな大口開けて笑う女も、伝法な物言いするような女も、況してや楽しげに働く女見るのも、とにかく初めてだったからな。ガキの分際で思わず見惚れちまったんだよ」
苦々しげにチッと舌を打ち鳴らすも、その顔は真っ赤で実に可愛らしい。
思わず釣られてあたしの頬にもボッと音を立て火が点る。
「俺と会った記憶すらすっぽり抜け落ちてるっつーあんたはぜってえ憶えてないんだろうが、…甘い菓子は好きじゃねえって生意気言ったガキの俺に、ムッとするでなく『じゃあ、これは?』って。わざわざ奥から甘納豆を出して来てくれてな。何でも日本橋の菓子屋で見たのを、見よう見まねでこっそり作ってみたんだっつッて、見ず知らずの俺に分けてくれたんだ」
「…甘、納豆?」
「ああ。売りもんじゃねえが、結構上手く出来たし甘さも控えめだからどうか、って」
お父っつあんには内緒だけどね、と。
茶目っ気たっぷりに浮かべた笑顔が豪く可愛くて、やさしげで。
口へとひと粒入れてくれた甘納豆と、くちびるに触れたその指先が。
どうにも甘くて、温かくて…。
ガッツリ心奪われたのだとあのひとは言った。
なんとゆーか、…驚いた。
(そういえば、そんなこともあったかしら?)
あんまりはっきりとは憶えていないけれども。
だけど随分昔に一度、随分小生意気な子どもを連れて京楽様が見世を訪ねたことがあったような気がしないでも…。
その子ときたら、うちは菓子屋だっつッてんのに、甘い菓子は好きじゃねえとかあんまり可愛げのないことを言うものだから。
その癖物珍しげにきょろきょろと、興味深げに見世の中を見渡していたのがなんだか印象的で。
じゃあこれだったらどうかしら?と思って、試作品のお菓子を摘んであげた。
(うん、まあ…自分のおやつ用にと作ったのよね、確かアレ)
そしたらすっごい顔綻ばせて「美味い」…って。
驚いたように笑ったのよね、確かあの子。
てゆーか、そうか。
あれが小さい頃の若旦那だったのか。







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あきゅろす。
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