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11.


「あんたはぜってー憶えてないんだろうが、随分昔に一度、…それこそ叔父貴に連れられて、あんたンとこの見世に立ち寄ったことがあったんだよ」
彼是五年は前のことだから、ガキの時分の話だ、と。
至極きまり悪げに切り出されて、やっぱりあたしは首を傾げた。
五年も昔と言うだけあって、当然記憶は微塵も無い。
――聞けば、何でもその日は八幡様の縁日で。
物見遊山にと叔父である京楽様に連れられて、門前仲町まで足を伸ばしていたらしい。
その際うちへも立ち寄って下さったようで、ちょうど見世を手伝っていた十四のあたしを、文字通り見初めたのだと云うではないか!
(いやいやちょっと待って下さいよ、五年も前…って、若旦那ってばお幾つですか!)
その当時で、十歳?それとも十一歳??
ちょ…まだまだガキじゃない!クソガキじゃない!!
どんだけマセた子どもなのよと唖然としたのは言うまでも無い。
言葉も無いあたしへと、やっぱ憶えてねえかと問われて再度頭を巡らすも、そんなたった一度きりの邂逅――況してや五年も昔の話じゃねえ?――を、憶えていよう筈もなく。
「……すみません」
酷く後ろめたい気持ちで頭を下げたなら、まあそうだよなと自嘲混じりの苦い笑いで返された。
「まあ、しょうがねえよ。何しろその頃の俺ァまだ十ばかりの…それこそ四尺三寸しかねえ、ちんちくりんのガキだったからな」
しょうがないと口では言いつつも、その眼差しはほんのちょっぴり寂しげで、なんともちくりと胸に痛い。
だからもう一度、記憶の欠片を探り出すように思考を巡らせてはみたのだけれど。
残念ながら、やはり手ごたえひとつ感じられない。
それが酷く歯痒くもあった。
「つってもあんたの『話』はそれまでも、さんざ叔父貴から聞かされてたからな、最初はほんの興味本位だったんだ」
「あたしの…話、ですかあ?」
「ああ。贔屓にしてる門前仲町の菓子屋に、豪く器量良しの看板娘がいる・ってな。きれえなだけでなく働き者で、愛嬌もあって話し上手、ついでにあの年で客あしらいにも長けている。こりゃあ将来が楽しみだ、って。それこそ耳にたこが出来るぐらい聞かされてたし、叔父貴自体あんたのことを相当気に入っていたようだったから、倅の嫁に迎えたい…って、うちの親父に半ば本気で言ってたこともあったっけな」
「っう、嘘おっ!」
「いや、マジで」
なんてことだ、驚きだ。
うあああああ、なんっっで今頃そーゆーことを言うかなあ!
何しろ京楽様と云えば、昔からうちの見世を贔屓にして下さっているだけでなく、深川で一、二を争う大きな呉服商の旦那様なのだ。
その京楽様から縁談のお話を頂いたとなれば、そりゃあもう、迷わず了承していたことだろう。
(…そうなのよ!だから今回のこの縁談だって、お受けするより他なかったのよう!)
ああでもどうせだったら五年前、まだあたしがピッチピチの娘盛りの頃にそのお話を持って来てくれてれば!と。
思って、うっかり顔に出た…らしい。
あたしを見る若旦那の目が、酷く冴え冴えとしたものになっていた。
…ほんの一瞬の出来事だった。
(しし…しまったあああああ!)







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あきゅろす。
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