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1.


二十歳を前に、突如として持ちかけられた縁談は、深川三好町にある、とある大きな材木問屋の総領息子の嫁にと云うもので。
門前仲町で小さな菓子屋を細々営む我が家にすれば、降って湧いたような良縁(※玉の輿とも言う)でもあった。
当然お父っつあんもおっ母さんも諸手を挙げて賛成しており、あれよあれよと云う間に見合いの日取りが決められていた。
聞けば、以前からうちを贔屓にしていると云う親戚筋の人間から、あたしのことを勧められたと云うではないか。
よく働き、よく気が利いて、器量も申し分なければ愛想もいい。
そんな調子いいばかりの口車に乗せられて、間口二間の小さな菓子屋の娘如きを嫁に貰おうなんて、その男、どんだけ底が浅いのよ!って思ったけれど。
あんまりお父っつあんとおっ母さんが大喜びをするものだから、当然顔に出せよう筈も無い。
それにどうやら乗り気だったのは、本人ではなくその両親の方だったみたいだから、先ず間違いなく向こうだって、そんな気無いに決まっている。
(なんたってまだ十六と、身を固めるには些か年が若過ぎるものね)
だからこんな縁談、どうせ纏まる筈もないわよね。
先手を打って断らずとも、向こうから断りを入れてくるわよね、って。
見合いの日取りが決まった今以って、どこか鷹揚に構えていたんだけれど。
いざ料理茶屋で顔合わせをした際も、眉間にムウッと皺寄せて、いかにも面白くないって顔をしていたものだから。
況してや会話なんてもの、まるっきり弾まなかったから。
こりゃあもう、お断りされて当然よね?って、暢気に構えていたんだけれど。
それからひと月と経たない内に、祝言の日取りが決まったとお父っつあんから聞かされて、冗談でなく驚倒をした。
寝耳に水の出来事だった。

「てゆーか、嘘おっ!」
「嘘じゃねえ。秋にはお前も、立派な材木問屋のお内儀さんだ」

しかも、相手は三つも年下。それも深川じゃあちょいと名の知れた男前だ。
行き遅れ一歩手間のお前には、言うこと無しのお相手じゃねえか!と矢継ぎ早に揶揄されて、冗談じゃないと青ざめる。
見合いの席でのあの無関心ぶりから鑑みるに、とてもじゃないけどあの若旦那が乗り気だとは思えない。
…となれば今回、強引に話を進めたのは、この縁談話を持ち込んでくれた京楽様に違いない、と。
思い至って眩暈がした。
(だってあのひと、空気も読まずに「いや〜実にお似合いのふたりだねえ」なんて。しらじらしいことばっかり言ってたもの!)
その度ごとに凍りついてゆく場の空気。
徐々に剣呑になってゆく若旦那の相貌に、最早あたしは生きた心地がしなかった。
けれどそれも当然だろう。
(だいたいあのひと、他に好いた女がいるって話じゃないよ!)








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あきゅろす。
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