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悲願花 1


夜の帳が下りた部屋の中。
まだ真新しい布団を前に、怯まなかったと言ったら嘘になる。
囲われ者となった以上、避けて通れぬ道とはわかっていた。
むしろその為に囲われたのだ。
今更怯む方がどうかしている。
それにこのひとがあの時こうして手を差し伸べてくれなければ、今頃あたしは苦界へと身を落とし、否応も無く数多の客を取らされていたことだろう。
(感謝するべき…なのよねえ?)
例え金で買われた身とは云え、買った相手はまだ年若く、見目も美しい男なのだ。
…否、『男』と云うよりむしろ『少年』と言うべきかしら?
けれどさすがに大店のお坊ちゃんなだけあって、落ち着いているし分別もある。
店に客として来ていた時に少し話した程度でも、気立てのよさと人柄は、纏う空気で察せられた。
どちらかと云えば好ましい部類の客でもあった。
(だからきっと、大丈夫)
怯えはするけど、嫌悪は無い。
厭うようなこともない。
廊下の向こう、やがてひたひたと足音が近付き、すうと音も無く襖が開く。
――振り向けば。
厠を済ませたあのひとが居て、否応にも緊張が高まった。
「待たせたな」
ふと笑って、近付いて。
傍らに腰を下ろすと同時に口を吸われる。
薄いくちびると、薄い舌。
初めて知る他人の舌のぬめりに僅か、戦きながら。
ぎこちなくも呼応する。
「ああああの、その…初めて、なので。どうか堪忍してください」
どうか優しくしてください、と。
希うように進み出れば、極間近に迫る男の顔が、ふとやわらぐように微笑を浮かべる。
「それを言うなら俺の方こそ堪忍してくれ。何分女を抱くのはこれが初めてなんでな。…その、お前の言う、やさしくしてやれる自信がねえんだ」
…え?と。
聞き返す間もなく布団の上へと組み敷かれ、腹の上へと乗り上げられる。
裾を割って入り込む膝。
帯を解いて着物を乱し、露になった乳房へと、注がれる痛いぐらいの熱い視線。
見据える眼差しは瞬きも忘れ、息すら忘れたように恍惚と、あたしとあたしの身体を見下ろしている。
こくりと喉が上下する。
露骨なまでの劣情を、今初めて目の当たりにして、怯むより先に心が震えた。
「…触れても、いいか?」
問う、声が。
震えていた。歓喜で以って。
伸ばす腕が、震えていた。
ひたりと触れた手のひらは、意外にも。
小柄なナリに反して、大きく硬い。
大人の男の手のひらそのものだった。








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あきゅろす。
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