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3.

※※日→雛要素を含みますので、苦手な方は閲覧注意



艶のある黒髪に黒い瞳。
幼い笑顔を振り撒く愛らしい少女。



それは予期せぬ、突然の来客だった。





「久しぶりだね、シロちゃん」
「雛森…」
驚きに呆然と見開かれた翡翠の双眸。
だけど、あたしだって驚いた。
何しろこの少年の元に人が訪ねて来るなんて初めてのことなのだ。
しかも、女の子。
それもとっても親しげな。
「いつ…こっちに戻って来たんだ?」
「先月の終わり頃かな?急に帰国が決まったの。お見舞いと挨拶が遅れてごめんね」
愛らしく小首を傾げた少女はそれから徐にあたしを見上げると、少しだけ戸惑った様子で「こんにちは」と小さく頭を下げた。

(いったいこの子は『誰』なのだろう?)

こんにちはと挨拶を返しながら、助けを求めるように少年に目を向けたあたしは、その横顔に不意に悟った。
…なんて、ばつの悪そうな顔。
ああ、そうか。
この人はきっと、この子のことが…。






気付いたあたしは慌てて笑顔を取り繕うと、早口に「お茶、淹れて来ますね」とだけ告げて、そそくさとその場を後にした。
扉を開けて廊下に出ようと一歩足を踏み出したところで、「ねえシロちゃん。だあれ、あの綺麗な人?」と囁くように少年に訊ねていた少女の声が耳元を掠めた。
けれどその問い掛けに少年が何と答えたのかまではわからない。
あたしはそのままバタンとドアを閉めてしまったし、結局2人にお茶を運ぶ役目は、偶然廊下を通り掛かった使用人に任せてしまったからだ。
感心出来る態度でないことは重々わかっていたのだけれど、今は…まだ、到底あの2人の居る部屋に戻る気にはなれなかった。
だからって、間続きになった自分の部屋に帰ることも出来ない。
(それには結局、2人が居る部屋を横切らなければならないんだもの)
下手に屋敷の中をうろうろうろつき、誰かに見咎められるのも気が重い。
(ただでさえ居心地が悪いと云うのに)
勿論屋敷の外に出掛けるなんて、もってのほか。
…どこへも行く当てのないあたし。
仕方なくそっと裏庭に出て、生い茂る草の陰、人気のない一角でコロリと地面に転がった。
そして思う。
あたしの夫であるところのあの少年は、恐らく…あの黒髪の少女のことが好きなのだ、と。
滅多に感情を面に出さないあの少年が、あれほど動揺し年相応の表情を窺わせたところを、あたしはかつて一度として見たことがない。
それに…あのふたり。


(すごく、お似合いだった)




*
*

雛森桃。
少年の従姉であり幼なじみでもある彼女は幼い頃から頻繁にこの屋敷に出入りしており、少年にとって唯一の遊び相手だったのだとあたしに教えてくれたのは、古くからこの屋敷に使えていると云う口さがないところのある女中頭の女だった。
廊下に出たところで不意に声を掛けられ驚くあたしに(常であればツンとすまして頭を僅かに下げるだけだった)、あの少女が誰であるかをお節介にも耳打ちしてきた彼女は。
「そりゃあもう、本当に仲の宜しいお二人でしたけれどもねえ」と。
「尤も、冬獅郎様があの部屋で生活されるようになる直前、貿易商をなさっているご両親について外国へと行かれてしまいましたから、冬獅郎様の『ご事情』については何もご存知ない筈ですよ」と、言葉尻は酷く同情的だったのだけど。
薄ら笑いを浮かべたその不愉快な口元は、明らかにこの『事態』を愉しんでいるようにしか見えなかった。
反応を窺うように、ちらりちらりと覗き込む無遠慮なその眼差しに吐き気がした。
「そう…」
短く、言って。
強張る笑顔を浮かべたあたしに、至極満足そうに頷くと。
「ああでも、冬獅郎様の『奥方様』は貴女なんですから。何も気になさることはございませんよ」
おざなりな慰めを口にして、「では、失礼します」といそいそと立ち去る後姿を見送ってから、あたしは小さく溜息を吐いた。
どうせこの後彼女の口を発端にして、この屋敷の使用人達の間にまた、今のあたしの反応が面白おかしく伝わるのだろう。
(彼女たちはそういった類のゴシップを特に好んでいた)
そして影で嘲笑うのだ。
馬鹿な女、憐れなコドモ、と。


でも…別にあたしのことなんて、どうでもいい。

何とでも好きなように勘繰ればいいと、あたしは腹を括っている。
借金の形に売られた女の癖にと、惨め女であると笑われたって構わないと思っている。
そんな侮蔑も嘲りも、今更だ、と。覚悟は既に出来ている。
けれど。
好きな少女がいながらにして、政略結婚の犠牲にならざるを得なかった少年の『決断』と『哀しみ』を想うと、どうしようもなく心は痛んだ。






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