[携帯モード] [URL送信]
9.


「と…しろ、…さま?」
「目覚めたか」


細めた眼差し。
弧を描く口元。
何とも愉快気に笑った俺が、女の両目に映り込む。
「悪リィな。今夜は少し…無理をさせた」
口先だけの侘びを口にしながら、覆いかぶさるように口を吸う。
そのまま極至近距離で覗き込めば、まだ呆けたままの女が、ふるふると首を横に振る。
俺の頬へとそっと添えられた、あたたかな手のひら。
その指先を握り締め、思い出したように話を戻す。
「…なあ、浴衣。今度一緒に見に行こう」
ついでに似合う簪と、下駄も俺が見立ててやるよと嘯けば、途端困ったように目を伏せる。
どこか悲しげな顔をして、儚いような笑みを浮かべてまた首を振る。
「いいんですよう、そんなもの。それに、あたしなんかに構うよりも、他にもっと…」
もっと大事にされるべきひとがいるでしょう、と。
続けようとした声を意図して遮る。
「ああ、それから無理をさせた侘びにもうひとつ、花嫁衣裳も仕立ててやる」
だからそれを着て直ぐにでも、俺の元に嫁いで来い・と。
捕らえた指先にくちびるを寄せて命じれば、途端女の眼差しが、驚いたように大きく瞠る。
「な…に、を…?」
どうやら驚きの余り二の句が継げないでいるらしい。
それに「く」と笑い、再びくちびるを寄せる。
くちづける。
「嫁いだ後のこの家の扱いはお前に任せる。なんなら長屋からお前のおっ母さんと弟を呼び寄せて、住まわせてやっても構わん。…好きにしろ」

――俺ァ、お前さえ居ればそれでいい。

三年越しの思いの丈を、ひとつひとつ口にするたびに、女の顔が大きく歪む。
大粒の涙が、瞳を、頬を、濡らしてゆく。







[*前へ][次へ#]

10/23ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!