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8.


幸いなことに金はある。
小さいけれど、囲うための家もある。
俺にはひとり兄が居たが、そいつは家の名前と財とに胡坐を掻いて、狂ったように女遊びに耽った。
毎晩のように吉原に通い、湯水のように金を使った。仕事も随分と疎かになった。
その目に余る吉原通いにさすがに怒り狂った両親から、吉原への出入りを禁じられたが悪癖は抜けず。
懲りずに今度は深川各所の岡場所へと通い詰めるようになったのである。
以前までの、三日にあげずの吉原通いに比べれば、確かに使う金は微々たるものだ。
それにしたって毎晩のように足を運んでは、大尽遊びに耽って乱痴気騒ぎを日々続ければ、金も無くなる。底を突く。
だが、今更足抜け出来るような筈もなく…。
やがて店の金に手を付けるようになり、それも見つかれば更に安価な切見世、けころ、船饅頭と、あらゆる私娼の間を渡り歩き、とうとう勘当されるに至った。
人別も抜かれ、家を追い出されたのだった。
そうしてすっかり傾いてしまった身代を、何とか立て直したのが俺だった。
遊里の女に狂った兄は勿論のこと、思えば親父もお袋も、商才があるとはとても言い難く。
俺からすれば手狭な商いしか出来ない、つまらぬ人間…とも言えた。
だから今ではあの家の中で、俺のすることに文句を言えるような輩はひとりも居ない。
この年で、例え女をひとり囲ったところで、誰にも口は挟ませなかった。
そうまでして欲した女であり、どうあっても手に入れたいと思ったのだ。
(ずっとお傍に置いて、だと…?)
――当たり前だ。
逃すつもりは毛頭ねえよ。
「つっても、十六じゃ如何せん嫁を貰うには早いってんで囲うだけに留まりはしたが、二十歳を前にこうも縁談が持ち込まれるようになったんだ。…いい加減構わねえだろう」
すぐにでも妻の座に据えてやるよ、と。
その耳元に囁けば、ひくりと震える華奢な肩。
閉じたまぶたがゆるりと開いて、覗き込む俺を映し出す。







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あきゅろす。
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