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4.

何しろあれほど足繁くこの家に通っていたと云うのに、最近はとんと足が遠退いてしまった。
五日か六日に一度の逢瀬に数を減らした。
…尤もあたしに、それを責めるつもりは毛頭無い。
間もなく二十歳を迎えるあのひとに、縁談話が持ち込まれている、と。
今あたしが働く水茶屋の女の子達の間でもっぱら噂になっているからだ。
どこぞの縁日で仲睦まじく歩くふたりを見かけただの、芝居小屋に入っていくふたりを見ただのと云う噂は嫌でも耳に入ってきていて、間もなくこの妾奉公も終わりを迎えることになるだろうと薄々覚悟は出来てるつもりだ。
だからこそつい苦笑が浮かんだ。
いずれ縁を切ることになるだろうあたしを誘って、今更一緒に花火を見に行こうなどと言い出したことに。
(この年で女をひとり囲っているなんて、縁談相手に知れた日にはいったいどうするつもりでいるのかしら?)
何しろ持ち込まれた縁談は、蔵前にある札差のお嬢さんとのものらしいと聞いている。
十七と云う年回りの良さも然ることながら、蔵前小町と呼ぶに相応しい、愛らしい顔立ちをしているともっぱらの評判でもあった。
ならばこのひとにとっても店にとっても、迎えるに何ら不足はないだろう。
だから早晩「身を固めることにした」と切り出されるのも時間の問題だろうと身構えていた。
捨て置かれるのも覚悟していた。
(なのに、一緒に花火ですか?)
(しかもわざわざ浴衣を新調して?)
いったいどう云うおつもりですか。
よもや可愛い花嫁を迎えた後も、あたしを囲ってくださるおつもりですか?
…一度情けを掛けてしまったから?
手を差し伸べてしまった以上、今更放り出せないとでも思っているの?
よもや自分と切れた後、一度は囲った女が岡場所なんぞに身を落としたら後味が悪いとでも思ってる?
だとしたら、それこそ余計なお世話と云うものだ。
そんなお義理で気遣われるとか、このまま囲われ続けるぐらいなら、いっそひと思いに縁を切って貰った方がどれだけ気持ちは楽になるだろう。
うんとマシだと思えるだろう。
それにきっと、今ならまだ…やり直せる。






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