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1.

新しい浴衣を仕立ててやるから、それを着て今度一緒に花火でも見に行かねえか、と。
汗で湿った床の中、煙管を片手に切り出されて、思わず苦笑が込み上げた。
「なんでぇ、何がおかしい?」
「いいえ、なんでも」
目敏く気付いたあのひとが、片眉を顰めて探るように問うてきたけれど。
なんでもないと笑って往なせば、存外あっさり追究の手を緩めたあのひとは、慣れた手つきで尚も煙管をふかりとふかす。
その横顔に、一瞬見惚れて、赤く染まる頬。
つい今し方まで傍らの男と絡み合うように抱き合っていた、その余韻と熱とが不意に脳裏へと思い起こされて、逃げるように目を伏せた。
…今更だ、とは思う。
既に足掛け三年余りも経っているのだ。
こうして傍らの男と情を交わす関係になって。
なのに今でも時折こうして胸がときめく。
不意の瞬間に見惚れてしまう。
これもひとえに傍らの男が、未だ十九と年若いせいでもあるのだろう。
知り合った当初はまだ背も小柄で、身体の線もほっそりしていた。
目つきの悪さは今と然程変わらないのだけれど、ふっくらとした顔立ちは、まだまだ子どものようでもあった。
手も、足も。
ふたつ年嵩のあたしのそれを優に上回る大きさになった。
男ぶりだってうんと上がった。
あれほど咽ていた煙管の吸い方も、今やすっかり様になったとおもう。
(きっとあたしはツイていたのだ)
運が良かった。
囲われた相手が、こんな見目も若くて男ぶりのいい、やさしい男だったんだもの。
ひとつ間違えば岡場所辺りに身を落とし、希望ひとつ…光ひとつ見出せないような苦界の中で春をひさいでいたに違いなかったことを思えば、今のあたしはまだ幸せだ。
腕のいい大工の親方だったお父っつあんと、お針子をしていたおっ母さん。
それからまだ幼い弟と四人、貧しいながらに幸せに暮らしていた筈だった。
…お父っつあんが普請現場の事故で亡くなるその日までは。
生活はみるみる内に立ち行かなくなった。
おっ母さんは元々心臓が弱く、そのおっ母さんに似たのかまだ幼い弟も、普段からよく熱を出したり風邪をこじらせたりしていた。
二人分の薬代が、日々の掛かりに大きく圧し掛かったのだ。
あたしも昼は水茶屋で、夜は居酒屋で身を粉にして働いていたのだけれど。
生活は困窮を極めるばかりで、ああもうこれは岡場所辺りに身を落とすより他ないかもしれないと途方に暮れた。
時折店へと訪れる、女衒の誘いに心揺らされていたその時のことだ。

「あんた、俺の世話になる気はねえか?」

三日に一度の割合で、水茶屋へと訪れていた材木問屋の若旦那であるあのひとが、あたしへとそう切り出したのは。







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あきゅろす。
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