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2.




哀れな女だと思った。
『旧華族』などと云うくだらねえ身分ゆえに、俺みてえな病持ちで年下の餓鬼に無理やり嫁がされる羽目に陥った松本乱菊と云う女のことを。哀れだと思った。


華やかな顔立ち、蜂蜜色の美しい髪。
蒼い瞳のこの女と初めて顔を合わせた時、「綺麗だ」と俺は思った。
これだけ美しい女なのだから、割の良い嫁ぎ先など他に幾らでもあっただろうに…。
現に俺との結婚が決まる直前まで、彼女には恋人がいたのだと云う。
(この馬鹿げた結婚話が纏まった時、妻となる女が既に『傷物』であると。同情を装い、ご丁寧にも進言してくれたヤツがいたのだ)
だからって、別にどうと云うこともない。
ああ、そうなのかと思っただけだ。
惚れた男との仲を引き裂かれ、好きでもない…ましてやこんな身体の弱い薄気味悪い容姿の餓鬼に嫁がねばならないその女のことを、哀れだ、と。思っただけで。
胸糞の悪い薄ら笑いを浮かべてさも愉快そうに女の過去を暴露した、「乱菊の叔父だ」と名乗ったその男のことを、ただ『不愉快だ』と感じただけで…。



『華族』と云う大仰にして空虚な名前の上に胡座を掻き、落ちぶれていくばかりの『家』の為に心を殺しその身を犠牲にして嫁ぎ、俺の妻であろうと努める女を…馬鹿だと思った。
(だから逃げ道を用意してやったんじゃねえか)
例えば、恋人だったと云う男の元に戻りたいと願った時。
真実、惚れた男が出来た時。
この家を捨て、俺を捨て、いつでもここから逃げ出せるように。
心をここに残さないように。
俺達は「夫婦ではないのだ」と、その身を抱くこともしなかった。
他人行儀に振る舞い、乱菊と云う名前すらまともに呼ぼうとはしなかった。
…けれど。



*
*

「夫婦じゃねえ」


初めてはっきりと口にした時の、あの…今にも泣き出しそうに歪んだ笑顔。
初めて見せた、痛々しいまでの作り笑いに思わず俺は息を呑んだ。
(あれはいったい何だったんだ?)
ただ、深く傷付けたのだと云うことは痛いくらいに感じたけれど…。




閉ざされた扉。
壁一枚向こうから微かに聞こえる女の嗚咽に、動揺した。

…どうして、泣く?

泣かせるつもりなどなかったと云うのに。




咄嗟、ドアノブに伸ばした手のひら。
けれど一瞬躊躇った後、ドアノブには触れることなく己の手のひらを握り締めた。
鍵のない部屋。
開けて中へと押し入り、その涙の理由を問い質す事は造作もない。
…だけど、躊躇った。



この感情は愛ではない。
(そんな甘いもんじゃない)


それでも日常を共にする内、僅かでも情が移ったことは否定出来ない。
だから…キリと、胸が痛んだ。



俺があの女を傷付けた現実。
(自由に…させてやりてえだけなのに)


『家』なんてつまらねえしがらみから。
結婚と云う名のくだらねえ呪縛から。
何より、『俺』と云う存在から、この女を解き放ってやりたいと思っていた。


…ただ、それだけのことだったのに。








く…暗っっ!!;;「続きを〜」と云うありがたい声を幾つか頂いたので調子乗って続きとか書いてみたのですが…どうなの、これ??(汗)萌えとか盛り上がりとか無関係のサイトでほんとすんません;;(平謝り)orz

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