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生まれかわりの愛をこめて 1


定時を知らせる鐘が鳴ると同時に筆を置く。
机の上へと積み上げられた、未決裁の書類の山。
見なかったことにして席を立つ。
戸締りはとうに済んでいるから、灯りを落として執務室を後にする。

「お疲れ様です、日番谷隊長!」
「おう、お疲れ」

すれ違いざま次々と、隊士達が掛けてくる労いの声に短い相槌で以って応える。
と同時に、少しばかりの後ろめたさに苛まれる。
だが、だからと言って今日ばかりは誰一人、残業もせずに定時で上がる自隊の隊首を非難するようなこともない。
どちらかと云えば皆一様に歓迎ムードで俺を送り出すのだから、鷹揚なものだと苦い笑いがつい込み上げる。
極力顔に出さないように、更に足取りは速くなる。
隊舎を後にしたその足で、思い立ったようにふらりと商業区域に向けて足を伸ばす。
まだ日は高く、通りはどこも賑わっている。
途中、偶然にも雛森と鉢合わせ、随分と驚かれた。
「珍しい!今日はもう仕事上がりなの?」
「たまには、な」
どうやら今日は非番だったらしい。
ばあちゃんちからの帰りなのだと雛森は言った。
「そうか。元気だったか、ばーちゃん」
「うん!日番谷くんも、たまには顔見せに帰ってあげなよね?」
思わぬところで釘を刺されて、「わーってるよ」と肩を竦める。
それに雛森はくつりと笑う。
「ね、時間あるならたまには一緒にお夕飯でも食べようか?」
おばあちゃんに美味しい里芋の煮方を教わってきたんだ、と。
嬉しげに語る雛森の言葉に、ほんの一瞬心惹かれもしたのだけれど。
「ワリ。今日はちょっと…。里芋はまた今度ゆっくり食わせてくれよ」
片手を上げて、詫びの言葉を口にする。
急ぐからと暇乞いを申し出る。
恐らく、は。
それだけで容易に察したのだろう、雛森は。
「…あ、そうか!そういえばそうだったね、日番谷くん。そっか、そっか、そういうことか。うんうん、急いでるところを邪魔してごめんね」
あははと軽快に笑った後、ほんの少しだけ感慨深げな眼差しを浮かべ。
じゃあね、と。
くるり、踵を返す。
大仰にまたねと手を振り、人混みの向こう――再び雑踏の中に紛れてゆく。
その背中を見送ってから、溜息をひとつ。
再び俺も雑踏に紛れる。
馴染みの甘味屋を目指し、歩き出す。
「おや、日番谷くん?」
そこで再び呼び止められた。
わざわざ振り返って確かめるまでもない。
声をかけて来たのは京楽だった。
傍らには伊勢が控えていて、俺へと向けて小さくぺこりと頭を下げた。
恐らくは、逃亡した京楽の捕獲帰りなのだろう。
へらへらと笑う京楽とは対照的に、伊勢は酷く疲れきったような表情をしていた。







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あきゅろす。
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