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1.




生まれながらに銀の髪と翡翠の瞳を持つ異形の少年・日番谷冬獅郎に嫁いだあたしの存在は、『妻』と云うよりむしろ体の良い『女中』に近く、重い病を患う少年の身の周りの世話と看病に明け暮れるばかりの日々が過ぎていった。
厚いカーテンで閉ざされた広い部屋の中、与えられた書物を一心に読み耽り膨大な知識を頭の中に詰め込むだけのこの少年は。
屋敷から外に出ることもない。
誰が訪れて来るわけでもない。
広い屋敷の片隅にひっそりと隔離されたこの部屋で、何をするでもなく…ましてや文句ひとつ口にすることもなく、ただ淡々とした日々を送るだけ。
恐らくこの少年にとって見れば、あたしの存在ですら『空気』のようなものなのだろう。

その証拠に。
あたし達は形式上『夫婦』になりはしたけれど、少年は未だあたしの身体に指一本として触れようとはしなかった。
あれから既に一年と云う月日が過ぎようとしているのにも関わらず、だ。
無論、床を共にしたこともない。
少年の住まうこの部屋と扉一枚で隔てただけの間続きの小さな部屋が、あたしに与えられた寝室だった。
それを寂しいことだとは思わない。
(むしろ、ありがたいとさえ思っている)
何故なら、この結婚が決まった時。
『恋人』なのだと思っていた男の手酷い裏切りに打ちのめされた心の傷は、未だ癒えてなどいなかったからだ。

その点夫となった『男』が、未だ二次性徴に目覚めていないと思しきこの少年で良かったと、心の底からあたしは安堵している。
…しているのだけれど。


こうしてずっと傍に居るのに、まったく心を開いて貰えないと云うのも正直辛いものがある。
会話はある。(と言っても、主にあたしが一人で喋っているに過ぎないけれど)
特別嫌われているとも思わない。(だからって、好かれているとも思わないけれど)
愛して欲しいなんて言わない。(この少年にそんな感情を望むこと自体、酷だもの)
だけど、せめて。
せめて、あともう少しだけ…閉ざした心をお互い開いて歩み寄って、仲良くなりたいと思うのはあたしの身勝手なのだろうか?




*
*

「ねえ、冬獅郎さん。偶には一緒の布団で寝ませんか?」


そんな、もっと歩み寄りたいばかりの一心で、あたしがそう問い掛けたその瞬間。
口に含んでいた紅茶を「ブッ!!」と勢い良く噴き出して、目を丸くした少年の顔はなかなかの『見物』だったと思う。
それから暫しゲホゲホと咽込んで。
「なっ…、馬鹿言ってんじゃねえ!!」
と、顔を真っ赤に染め上げて怒鳴った年下の夫を、あたしは初めて「可愛い」と思った。


だからきっと、あたしは調子に乗りすぎてしまったのだ。
いつもだったら絶対言わないような軽口を、あたしは少年相手にうっかり口にしていた。
「えー。『夫婦』なんですから、別に一緒に寝たっていいじゃないですかあ」
一緒のお布団で眠りながらちょっとお話がしたいってだけで、別に寝込みを襲ったりなんてしませんよう、と。
ケラケラ笑ったあたしに一瞬絶句して。
それから呆れたように溜息を吐いた少年は、やわらかな銀糸をガリリと乱暴に掻きあげると、苛立ち紛れに言い捨てた。
「…夫婦じゃねえよ」と。





夫婦じゃ、ない。


そんなこと。
自分達のこの関係がそんな『甘い』言葉で括れるものではないことぐらい、誰に言われずとも自分自身が一番理解しているつもりだった。
(だから「愛して欲しい」だなんて、最初っから望んでなんていなかったじゃない)
…なのに。
夫婦じゃない。
少年から宣告された、わかりきっていた筈のそのひとことに、思いがけず…あたしは大きなショックを受けていた。
そして、それほどまでに自分がショックを受けているこの現実に、更にあたしは打ちのめされていた。
これ以上、笑顔を取り繕うことも出来ない程に…。


「そう、ですね…」


ごめんなさい、ちょっと冗談が過ぎましたねと、やっぱり自分の部屋で寝ますねと、凍りついた笑顔のままで辛うじて謝罪の言葉を口にした。
けれど一瞬にして変わってしまった互いの空気の温度差に、目を見開いて驚いたのはあのひとも同じことだった。
伝わるその動揺に、喉の奥が…ヒリリと痛む。
今、瞬きをしたら、涙が零れ落ちそうだなと思ったその時だった。
「松本…?」
戸惑いを多分に含んだ幼い声で名前を呼ばれて(この少年は決してあたしのことを『名前』で呼ぼうとはしなかった)鷲掴みにされた心臓がビクリと跳ねた。
だから。
この人ともっとわかり合いたいなどと願ったところで所詮出過ぎた真似に過ぎないのだと今更ながらに思い知らされてしまったあたしは、結局…羞恥で赤く染まった顔を隠すように唇を噛み締め俯くと、飲みかけの紅茶のカップもそのままに逃げるようにその場を後にしていた。
自室に逃げ込み後ろ手にドアを閉めた途端、やっぱりあたしの目からは堰を切ったようにぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちた。…間一髪のところだった。
後を追うように「はあっ、」と嗚咽までもが込み上げてきて、堪えるように唇を噛む。



もっとあたしに心を開いて欲しい、だなんて。
名ばかりでなく、このひとの本当の奥さんになれたら、なんて。



所詮迷惑でしかなかったのに。
あたしの思い上がりに過ぎなかったのに。



望みもしないのに与えられた女。
名ばかりの『妻』。
少年にしてみれば『迷惑な存在』でしかなかったのに…。
それが『あたし』だと云うのに…何を勘違いしていたんだろう。




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