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幻月夢想 1




頭から身体から、包帯でぐるぐる巻きのあたしを前に、沈痛な面持ちで以ってあのひとが言った。
「すまない」と。
けれどあのひとがあたしに謝る理由なんて何ひとつない。
討伐の果てに怪我を負った。
それも、瀕死になるほどの大きな怪我を。
けれどそれはあたし自身のせいでもあった。
力が足りない。及ばない。
そのくせ、刀を抜いた。立ち向かった。
あのひとを庇うべく、立ちはだかった。
――ただそれだけのことなのだ。
結果、あのひとは護られ、あたしはダメージを負うこととなった。
それでも決して挿げ替えの利かない上官を、副官たるあたしが護るのは当然のこと。
こんな風に謝られる理由になる筈もない。
…ただ、ひとつ。
思い当たる節があるとすれば、ほんの半月ほど前に、あたしが「好きです」と。
あのひとに向けて、考え無しに思いを打ち明けたことぐらいのものだ。
無論、すまない…と。
色よい返事を貰うことなど叶わなかったのだけれど。
(当たり前だ。だってあのひとが好きなのは雛森だもの)
それすらもわかりきっていたことだったから、あたしは気にも留めていなかった。
ただ…知っていて欲しい。
あの告白は、そんな自己満足に過ぎなかったから。
だから、見返りなんて求めていない。
求めるまでもないことだってわかっていた。
けれどあのひとにすれば、そんな簡単に割り切れるものでもなかったのかもしれない、と。
今になって思ってもいる。
ほんの少しだけ申し訳なくおもう。
(確かに、タイミングとしては最悪よね?)
振った女がそのすぐ後に、自分を庇って負傷――瀕死の挙句、ひと月近くも生死の淵を彷徨った・なんて。
このひとでなくとも、無用な罪悪感のひとつやふたつ抱いてしまいそうな境遇じゃない?
…だから今になって後悔している。
好きです、なんて。
あのひとに向けて軽々しくも伝えてしまった、あの日の己の浅はか過ぎる行いを。
無かったことにして欲しい。
忘れて欲しい。
決して悔いるような真似はしないで欲しい。
心の底からそう思い、あたしはそっと目を伏せた。
そうして笑みを取り繕って、顔を上げて軽快に笑う。
笑ったような振りをする。

大丈夫ですよ、隊長。
昔から『頑丈』だけが取り得なんです、あたしのからだ。
だから隊にもすぐに復帰しますし、別に謝るようなことじゃないです。

添え物の笑顔と共に言葉を紡いで痛みを堪え、元気な副官を演じ切る。
気まずくなんてなりたくない。
こんなちょっとの怪我如きで、これ以上彼に重荷を背負わせたくない。
そう思って精一杯、微笑んだつもりだったのに…。
「すまない、松本」
抑えた声で、再び低くそう呟いて。
あのひとはあたしの手を取った。
文字通り、あたしの手を取りそっと腕へと抱き寄せて、泣き出しそうに告げたのだった。




…お前が好きだ、と。









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あきゅろす。
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