[携帯モード] [URL送信]
0.



柔らかな銀色の髪に、澄んだ翡翠色の瞳。
透き通るように白い肌。
話には聞いていたけれど、なんて綺麗な子供だろうと思った。




昼間だと云うのに分厚いカーテンに覆われた薄暗い部屋の中、大きなベッドに腰掛けているその少年だけが、あたしの目にはやけに白く浮かんで見えた。
「それでは私はこれで」
「…あ、ええ。どうもありがとう」
少年の部屋まで案内をしてくれた使用人の少女は小さく一礼すると、そそくさと逃げるかのように走り去ってしまった。
その後姿を見送りながら、あたしは小さく溜息を吐く。


大きなお屋敷、長い廊下。
この家の敷地内に入ってからと云うもの、せわしなく働く何人もの使用人を目にしたけれど…。
だけどこの少年の住まう部屋に近付くにつれ、人の行き来する気配はまるで感じられなくなった。
日の入らないひっそりとした廊下に並ぶ、幾つもの空き部屋。
その、長い廊下の最奥に位置するこの部屋の主。
それが今、目の前であたしを見据えている異形の少年、『日番谷冬獅郎』だった。



開け放たれた扉の向こう、あたしをじっと見つめるこの少年に、果たしてなんと声を掛けるべきか…一瞬迷ったあたしに、少年はふと口元を緩ませ言った。
「そんなところに突っ立ってねえで、中に入れよ」と。
ようやく我に返ったあたしは「ごめんなさい」と、開け放しにしたままだった扉を慌てて閉めると部屋の中へと足を踏み入れた。
ズン、と重たげな音を立てて閉まった重厚な扉。
閉め切られた窓。
外の景色を遮断するカーテン。
完全な密室となったこの部屋の中で対峙するこの少年は、この大きなお屋敷の当主の長男だった。



「お前が松本乱菊か?」

その、美しい容姿に魅入られたかのように呆然と立ち竦んだままのあたしを嘲るように一瞥すると、銀髪の少年…日番谷冬獅郎は億劫そうにそう問い掛けた。
「ええ。…仰るとおり、あたしが松本乱菊です」
おずおずと頷くあたしに、フンと鼻を鳴らして立ち上がった少年の背は、あたしより優に頭ひとつ分は低かった。
華奢な身体に、ほっそりとした腕。
それらは恐らく同年代の子供より、明らかに細く頼りないに違いない。
近付き、あたしを見上げた少年は、「そうか」と小さく呟いた。
あたしを繁々と見つめて、「そうか。お前がか、」と再度呟いた。


「お前が俺の『妻』となる女か」


皮肉と憐憫を色濃く浮かべたその眼差しに、咄嗟、あたしは堪えきれず目を伏せていた。




*
*

この少年が口にした通り、あたしは明らかに年の離れた彼の『妻』となる為、今、ここに居る。
借金を抱えるばかりの没落した旧華族の娘…それがあたし。
片や日番谷家は、家柄こそ無いが、一代で莫大な財を築いた遣り手の事業家だ。
そんな日番谷家は長年手に余る問題をひとつ抱えていた。
それが、本来嫡子である筈のこの少年の『存在』だった。
病弱な上にこの世のものとは思えぬ銀色の髪と碧緑の瞳を持って産まれたこの少年を、日番谷の当主は「不吉である」と幼い頃から忌み嫌っていたと云う話だ。
ゆえに次男が誕生した幼少の頃から屋敷の片隅に位置するこの部屋に独り隔離され、限られた極僅かな使用人以外との接触を一切禁じられていた少年は…けれど重い病に身を蝕まれながらも、14年を生き抜いた。
既にこの家の家督は5歳下の次男が相続することになっている。
が、その存在を『手駒』として使わない手はないと、日番谷の当主はあたしの家にこの無茶苦茶な婚姻話を持ちかけたのだ。
家柄を欲する成り上がりの商家と、金に窮する旧華族の利害が一致するのは必然だった。
借金の肩代わりを条件に、その日のうちにあたしは7つも年下のこの少年に嫁ぐことが決定した。
無論、あたしはこの縁談を断固拒否した。
幾ら借金に傾く家の為とは云え、見たこともない年下の少年と夫婦になるなど正気の沙汰とは思えなかったからに他ならない。
そもそもこの年になれば、恋人の一人もいない筈がないではないか。
日番谷家の長男との結婚を迫る両親を後に、気付けばあたしは家を飛び出していた。
けれど日番谷家との縁談話が持ち上がっていることを打ち明け、助けて欲しいと懇願したその途端、男はあたしを置いて逃げるように去っていった。
あれだけ「愛している」と囁きながら、助けてと縋りついたあたしに「一緒に逃げよう」とも「俺が何とかしてやる」とも、あの人は言ってはくれなかった。
気付いた時には遅かった。
所詮、男はこの身体だけが目当てだったのだ。




重い足取り。
蘇る忌々しい記憶を、頭を振って消去して。
覚悟を決めて、ふかふかとした絨毯を一歩一歩少年の前へと進んでゆく。
もう、逃げ出すことは不可能だった。
「はい。末永く…どうぞ宜しくお願いします」
言って。
深々と頭を下げたあたしにはもう、この少年との『未来』を選ぶより他はなかった。
(けれどそれは、この少年も同じこと)
年相応の少女との恋も儘ならぬまま、こんな年嵩の女を妻に娶らなければならないこの少年にあたしは深く同情した。



物言わぬ少年の、碧い瞳の煌きに引き寄せられるかのように膝を折る。
すぐ目の前には、薄っすらと笑みを湛えた薄い唇が、嘲るように弧を描いていた。
近付き、ひんやりと触れて離れていった少年のくちびる。
愛も…情もない、契約だけのくちづけを交わす。




何処か、憐れむような翡翠の双眸がゆっくりとあたしの全身を射抜く。


「アンタも災難だな。お家のためだけに、こんな病持ちの餓鬼のところに身売りなんざさせられて」
冷ややかに告げた少年のひんやりとしたくちびるからは、微かに血の匂いがした。




end.


08年冬コミ前の原稿中に、ゆかさんに「病弱隊長のパラレル書きてえー!」ってメールを送ってたんですけど、その頃書いたメモを見ながら打ち出ししてみたパラレルコネタ。設定とか全然てきとー。単に病弱たいちょのところに無理矢理嫁がされる松本が書きたかっただけと云う…orz
つってもまあ、後はなんだかんだで幸せにやってくんじゃないかなこの二人、とか思いますけど(笑)だって、基本日乱だし(w;

[*前へ][次へ#]

2/31ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!