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8.


「…どうした、松本?」
訝るように問い掛けられて、何でもないとまた首を振るも、嘘を吐けと一蹴される。
一瞬きつく寄せられた眉根。
刹那みたいな躊躇ののちに、発せられた陛下の言葉に目を瞠る。


「そんなにお前は俺が嫌なのか?」
「我慢ならねえほどに、婚約していた前の男のことが忘れられねえか?」




*
*

思いがけないその問い掛けに、虚を衝かれる。
意味がわからず、きょとんと瞬く。
けれどそれを肯定とでも見做したのかあのひとは、尚も皮肉げに口角を歪める。
喉を鳴らすかのように、くと笑う。
なのにその目は酷く傷付いたような色を滲ませていて、更にあたしを混乱させるに充分だった。
――忘れられない?
――前の男??
いやいや、何の話です、それっ!!
そりゃあ、確かに婚約してはいましたけど!
それだって別に想いを通わせ合ってのことなんかじゃなくて、よくある政略結婚ですよ?!
子供の頃は、そりゃあ…曲がりなりにも交流だってありましたけど、お互い年頃になってからは、殆ど交流もなかったですし!
何より向こうは向こうで結構派手に女遊びに興じていたようで、正直そんな相手と結婚なんてやだなあとか、思ってましたけど!?
そんな側妃がわんさといるような男の元へと嫁ぐとか、正直気が進まなかったクチですけど、何か?!
だからあたしの国が、左に位置する隣国からの戦火の渦に巻き込まれた途端、うちまで巻き添えを食っちゃ敵わないとばかりに一方的に婚約破棄を切り出されて、本音を言うなら実はホッとしていた。
これで当分お嫁に行くようなこともないだろうと思って、内心安堵をしていたのだった。
(それがまさか和平の為にと、敵対国の皇帝陛下の元へと嫁ぐことになろうとは、夢にも思わなかったのだけど)
よもや三つも年下の、こーんな偏屈なコドモが夫になるとは正直夢にも思わなかったのだけれど。
けれどこうして実際お会いしてみて、妻として迎えられてみて。
その人となりに触れてみて、このひとの元へと嫁いだことを厭うたことは一度としてない。
むしろとても運がよかった、とさえ思う。
だからあたしが元婚約者に未練があるなんて思い込みは、陛下のトンデモ勘違いに他ならない。
てゆーか、それってむしろあたしの台詞でしょ?
元恋人に未練たらたらなのって陛下の方なんじゃないの?
なのにどうしてあたしの方が、こうも理不尽に責められてんのよ。
なんっっで陛下の方こそ、そんな傷付いたみたいな顔してんのよ。
(泣きたいのはあたしの方だっつーの!)







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