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3.

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「骨抜きですね」

開口一番発せられたその言葉に、「…は?」と大きく首を傾げる。眉を顰める。
まじまじとその顔を眺めてしまったのも無理は無い。
何しろ会話がまるっきりと言っていいほどに噛み合ってない。
今、あたしが相対しているのは、宮廷侍医の卯ノ花女史で。
少し風邪気味なのか今日は朝からすこぶる身体がだるかったから、念の為にと往診をお願いしてあったのだ。
そうして午前十時を少し回った頃、部屋を訪れた開口一番、あたしを見るなり「あらまあ」とでも言いたげな、微妙そのものの微笑みを浮かべて、件の台詞を口にしたのだ。
(骨抜きとはこれ如何に?)
けれど首を傾げたのは意外にもあたしひとりで、部屋に控えていた侍女達は、皆一様に同調するが如く首を縦に振っている。
何とも生ぬるい微笑みを湛えているではないか。
「骨抜きってゆーか、溺愛ですか?」
「ある意味盛りのついたサルですかね」
挙句、そんな不敬を揃って口にするものだから、あたしはますます混乱を来たす。
オロオロとひとり焦るばかりだった。
そんなあたしの内心の動揺と焦りとに気付いているのか、いないのか。
卯ノ花女史はさも愉快そうにコロコロ笑うと、侍女ふたりへと話を向けた。
「聞けば陛下は毎夜こちらに渡っておられるとか?」
「ええ、何でも死に物狂いで仕事を終わらせて、半ば無理矢理時間を作ってこちらにいらしているそうですよ」
「おかげで随分仕事が捗ると、宰相様が甚くお喜びになっているって話を聞きました、私」
「あらまあ、余程ご執心のようですこと」
「ええ、それはもう!ご寵愛の跡が、正直毎日の湯浴みの際に目に毒なほど…」
不思議な威圧感を持つ宮廷侍医と、侍女ふたりによる生ぬるい視線が、ふとあたしへと向けられる。
一斉に向けられたその視線に、気圧されるようにひくと息を呑む。
慌てて胸元を手で隠す。
――恐らくは。
大きく開いた襟ぐりから覗く、鬱血の跡を指してのことだろうと察しがついたからに他ならない。
夜ごと寝台を共にするたびに、あたしの肌へと皇帝陛下が刻み付けてゆく噛み跡は、最早胸元だけに留まらず、身体のあちらこちら…それこそ人目につかない首筋や足、腿の付け根付近にまで及んでいる。
そうしてそれらの鬱血の跡を、湯浴みのたびに見られているのだ。この侍女ふたりに。
その度ごとに彼女たちは、今のように何ともぬるい眼差しと、曖昧な笑みを口元に浮かべる。
互い顔を見合わせて、やれやれとばかりに肩を竦めるのが常だった。







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あきゅろす。
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