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1.


「毎夜毎夜こんな女の元へと渡るとか、案外お暇なんですね、皇帝陛下のお仕事って」
「そーゆーワケでもねえが、息抜きのひとつもしなけりゃやってらんねんだよ、俺としても」

――だから抱かせろ、と。
有無を言わさぬ口調で以って、腕を引く。
そのまま寝台の上へと押し倒される。
夜着の裾から入り込んだ固い手のひらが、直に肌を撫で上げる。
抗う意図はないものの、元より乗り気でないのは明白だろう。
…幾ら好きで嫁いだ男相手じゃねえにしたって、もうちょっとぐらい愛想良く出来ねえのか、と。
寝台の上、呆れたように詰られたのも、何も一度や二度のことじゃない。
その度ごとに噛み締めるくちびる。
今、あたしの上へと乗り上げているのは、確かにあたしの『夫』となったひとだけど、その実態は『夫婦』と呼ぶには程遠い。
彼はこの国を統べる皇帝で、あたしはその妻――今や皇妃と呼ばれる立場にあるのだけれど、同時にこの国との戦争に敗れた、敗戦国の王女でもあった。
と云っても、元々はこの国と長く冷戦状態にあった隣国の戦火があたしの国まで飛び火して、巻き込まれる形で攻め込まれるに至ったようなものだった。
小国でしかなかったあたしの国に、元より勝算などある筈もなく、父は早々に負けを認めた。
属国となることを選んだのだった。
それから、間もなく。
然程時を置かずして、長く敵対していた隣国までをも攻め落としたこの国に、和平の名の下差し出された態のいい『人質』と云うのが実際のところだ。
(まあ、そうは言っても戦争に負けた王家の末路なんてそんなもんよね?)
むしろ殺されなかっただけまだマシと思うべきなのよね、これってきっと。
それどころか例え名ばかりとは云えこんな大国の皇妃として迎え入れられたのだから、運がいいと感謝するべきところなのだろう。…本来ならば。
だから幼なじみでもあった隣国の王子との婚約を破棄してまで、この国に人質同然に嫁いだことも。
好きでもない男相手に夜な夜な抱かれるこの現実も。
そりゃあ…惨めではあるのだけれど、仕方の無いこととして受け入れているし、受け留めてもいる。
正直なところ、すっぱり諦めている。
それでもこうもあからさまに、息抜きだとか抱かせろだとか、性欲処理の捌け口として扱われるのは我慢ならないし、何よりあんまり惨め過ぎる。
(そりゃあ、あっちにしたって好きで娶った女じゃないのは百も承知!ですけどね!!)
(あたしなんて、それ以外に用もなければ役に立たないことぐらいだって、千も承知!なんですけどもっ!!)
いや、それ以前にアレか。
嫁とも思われてないだけか、あたし。
むしろ厄介なお荷物ぐらいにしか思われてないだけでしょうかね、もしかして!
そう考えては項垂れる。
あんまり惨めで卑屈にもなる。
だからいい加減捻くれて、憎まれ口しか叩けなくなった。
(ホントはそこまで嫌いじゃなかったのに…)







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あきゅろす。
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