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15.

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――金で女を買ったつもりはない。
況してや、あの店の主のように。
女の『自由』を奪ったつもりもない。
一夜限りの情交。
それで『礼』は果たされた。
もう充分だとも思っていた。
だから翌朝、六ツ半を前に橋本町へと戻ってゆく女の背中を見送って。
今度こそ、…もう二度と。
関わることもないのだろうと思っていた。
全て終わったことと思っていた。
けれど女はその後も、俺の傍へと残ることを望んだ。
昼を前に息せき切って、またこの家へと…俺の元へと戻って来たのだ。
それも小さな風呂敷包みを、ひとつその手に携えて。
「手伝うわ」
驚く俺を尻目に、そう言って。
慣れた手つきで前垂れをつけ、いそいそと開店前の店へと立ったのだった。
――つまりはそれこそが、女なりの俺への『礼』であったのだろう。
以来女は夜毎のように、その身を俺へと差し出した。
自ら帯を解いて、俺の上へと乗り上げる。
乞われるままに交わってのち、共に眠って、朝を迎える。
夜明けと共に布団を抜け出し、慣れない手つきでふたり分の飯の用意をしては、俺を起こして一緒に飯を食い、店に立つ俺の手伝いをする。
元々大きな料理屋で女中をしていただけあって、給仕を始め、片付けの手際も良ければ愛想もいい。
器量の良さも相俟って、日を追うごとに店を訪れる客はその数を増した。
その多くが女目当ての職人連中ではあったのだけど。
…なるほど、客あしらいもなかなかのもので、付け入る隙は全く見せない。
その癖俺へは、時折酷く甘えたような声を出す。
「とーしろーさん!」
それが仕事の最中であっても、ところ構わず満面の笑みで呼びかけるから、いつしか女は俺の『女房』なのだと客連中に認識されるに至っていた。
無論、誤解ではあるのだけれど、何を言われたところで女も、笑うばかりで決して否定しようとはしなかったのだ。
日々は酷く穏やかで、女の傍らは存外のこと居心地がよく、時に愛おしいような気持ちを抱いた。
――多分、情が移ったのだろう。
否。
もしかしたらこの時既に、惚れていたのかもしれなかった。






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