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14.


「本当に…良かったの?」
何度目になるかもわからない、女の問い掛けに苦笑を浮かべて。
構わねえよと破顔する。
時刻は既に五ツ半を過ぎている。
木戸が閉まるまで幾ばくもない。
「金は明日にでも俺が払っておくから、あんたはそろそろ家へと帰れ。それで今度はもうちょっと、マシな店で働くんだな」
確か家は橋本町だと言っていたから、ここからなら然程の距離もあるまい。
後は俺が金さえ払えば、正真正銘女は、晴れて自由の身となるだろう。
その後のことはどうとでも、好きにすればいいと思った。
もう二度と、関わることもないだろうと思っていた。
況してや差し出す金と引き換えに、『何か』を望んだようなつもりもなかった。
けれど女はゆっくりと、嫌々をするかのように首を横に振り、どうしてもお礼がしたいと言い張って。
とうとう北森下町にある俺の塒まで後を付いてきたのだった。
正直なところ、途方に暮れた。
礼なぞ望んだつもりはない。
そもそもこんな夜更けに男の家まで着いてきて、いったい何の『礼』をするつもりなのか。
むしろ迷惑なだけなんじゃねえの?と、思わなかった筈もない。
女の口にする『礼』が、いったい何を示すのかを、考えなかったわけでもない。
それでも結局、好きにしろと。
家まで連れて帰ってしまった。
乗りかかった船ではないが、放り出すことも出来なかったから。
追い返すことも出来ないままに、家へと上げてしまったのだった。
だから部屋へと通して明かりを灯そうとした俺の手を止めて、どうせ苦界に沈める筈の身体だったから、と。
他に返せるものはないから、と。
どうかアンタの好きにして。
せめてあたしを抱いてちょうだい、と。
薄闇の中、強張る頬を隠すかのように、徐に帯を解いた女が俺の上へと乗り上げるのを、留めることも出来ないままに。
ただ、為すがままに受け入れていた。
震える背中を抱き締めた。
月明かりだけが射す部屋の中、女の白い肌が浮かび上がる。
露な乳房に目を奪われる。
思わずごくりと喉が鳴り、強烈な渇きを覚えてくちびるを舐める。
「…言っとくが、俺ァ女を抱いたことなんざねえぞ」
「それは奇遇ね。あたしもアンタが初めての男よ」
だからせいぜいやさしくしてちょうだい、と。
強気を装い押し当てられたくちびるに、くらりとのぼせたように眩暈がした。
最早拒むことなど出来なくなった。
気付けば女を床へと組み敷いて、その白い肌深く溺れたのだった。







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