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10.


「あたしぐらいの器量だったら充分客は見込めるだろうし、…って。店の鞍替えを熱心に勧められちゃったのよ。まあ、今までの店で普通に働いたところで借金を返せるような当てもないし、おっ母さんも死んじゃって、どうせひとりぼっちだし?それもまあいっかなーって」
あははと笑った女の顔に、俄かに暗い影が差す。
憂いたような吐息が漏れる。
…それでアンタはいいのか、と。
問うことは、だが、出来なかった。
(いい筈がねえ)
けれど女にしてみれば、他にどうしようもねえからと、腹を括るより他はない。
店の言いなりに働く以外、金を返す術はないのだろう。
「だからさ、なーんかそんな風に気に掛けてくれる相手がいるっていいな、羨ましいなって、ちょっと思っちゃったのよう!」
ごめんね、と。
笑って女は徐に、帯の間から財布を取り出す。
「さあて、そろそろあたしも行かなくちゃ。いい加減返事が欲しいって、お店からせっつかれてたのよねー」
そっと盗み見た女の財布は随分とくたびれていて、中身も幾分乏しく見えた。
その中から波銭を四つ、取り出して。
じゃあこれあたしの分だから、と。
十六文を俺の前に置く。
再び財布を仕舞い込む。
「じゃあね、深川に遊びに来るようなことがあったら、その時は是非ともあたしに会いに来てちょうだい」
店の名前も聞いてない。
そもそも岡場所なんぞに遊びに行くかもわからない。
そんな俺へと軽口の如く「会いに来い」と言い残し、足早に立ち去ろうとする女の腕を引き止めるように捕らえた理由は、今以って良くわからない。
――ただ、今目の前で、また再び。
苦界へと身を落とす女を見たくなかった。
今度こそ、この手で助けたいと思ってしまった。
見捨てることが出来なかったのだ。







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あきゅろす。
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